神戸での生活の最後の夜。


何とか引越し準備の片付けも終わり、

息子の好物のミートソーススパゲッティを作り、

こんな夜中まで息子の好物のメニューレシピを書いていました。


最後の夜は手料理食べて欲しくてたまらなかった。

「ん、うまい」って食べてくれてる姿見たら泣きそうでした。


明日から息子と別々の生活が始まります。


さみしい…本当にさみしい…。

泣いちゃう。


私は何でこの子を置いて出雲に行くんだろうって思う心と、

出雲に移住して住む、ゲストハウスをするっていうのは自分が決めた事だって心があって、

母としての本能的な思いと、私個人としての本能的な思いが幾重にも重なりごちゃごちゃしてて。


また明日の夜も息子の顔を見てる自分がいる様な気がしてたり、

新しい出雲の家で相方さんとどんな話をしてるかなと思ったり、

なんか、ごちゃごちゃしてる気持ちに胸がザワザワしてて、

折り合いがまだついてないってどういうことよと思いながら、

行っちゃえばその場に立つ事でまた心も整っていくんだろうなとか思ってます。


神戸は現世の故郷、出雲は魂の故郷、そんな不思議な感覚なんです。

出雲にも帰りたい、神戸にも帰りたい、

だって私には故郷が二つあるんだもんって感覚。


出雲での過去世はめっちゃ古い時ので、

神戸での現世はめっちゃ最新だから、

どうしたら折り合いつけられるのよ、このタイムラグ…みたいな、ね。


息子はそんな私のわがままをただ受け入れるしかなかっただけ。


ただ一度だけ「俺はまだお母さんが出雲に行くの納得はしてへんで。してへんけどな。行くやん?

俺と離れてさみしいなら神戸にいたらいいねん」って言って私をちゃんと突き放してくれました。


「自分の決めた事なんやからしっかりしぃや」って。


「せやなぁ、離れるのはさみしいし心配やねんけど、お母さんは行くねん」と答えました。


たまーに冗談っぽく、引越しの準備しなきゃーって言ってる私に、

「今ならまだ行くのやめるの間に合うで?」って言ってきてました。


さみしいって言わない代わりに。


なんだかんだ言っても、私たち親子は仲良くて。


幾つになってもへにゃっと甘えてくる息子が私にとっては可愛くて可愛くてたまらない。


親バカなんです、どこまでも。


初めて息子をこの手に抱いた日のことを思い出します。


小さくて、可愛くて、ずっしり重くて。

「こんな顔をした赤ちゃんだったんだ。

私の子供はこんな小さな手をして、

こんな声で泣いて、こんな寝顔なんだ」って

朝まで眠れないまま息子の顔を見ていました。


上手に優しいお母さん、できませんでした。


怒ってばっかり、叱ってばっかり。

心配で心配で、可愛くて可愛くて。


「かか」から「お母さん」に呼び名が変わって。


ユーモアもあり、優しくて、面白くて、

いつもお友達に囲まれて笑ってて。


気がついたら20歳になってて。

でも寝顔はずっと変わらないなっていつも見てました。


離れたらきっと気になって気になって仕方がない事だけは今からわかってる、私の大切な宝物。


こんなにも愛おしくて、可愛くて、心配で、どんなに腹たっても許せて、憎たらしさも愛らしくて、我が子って本当に何にも変え難い存在。


「大ゴケしないように、仕事」って言いながら

母を送り出してくれるその優しさに感謝しかないの、ありがとう。


父も母も兄も、そして親友たちも、

ワガママ三昧な私をずっとずっと構ってくれて、

支えてくれて、手伝ってくれて、ありがとう。


家族の中で一番、好き放題生きさせてくれてありがとう。


神戸には生まれてから今日までのたくさんの思い出があります。

嬉しかった事、悲しかった事、苦しかった事、喜びに震えた事、たくさんたくさんあります。


神戸の街も、住み慣れたこの町も、本当に大好きです。

この町で生まれ育ちここまで過ごせた事は幸福でした。


明日からは生まれて初めて親、兄、息子、親友たちと離れての生活が始まる。

素直に言えばワクワクと、先の見えない不安と、拭いきれない怖さが同じくらいあります。


大好きな出雲での生活はどんなんだろうって想像するしかまだできないし。

でも、相方さんと2人で仲良く踏ん張って、大好きな出雲大社に足繁く通いながら生きていこうと思います。


明日、息子と離れる時、きっと号泣します。


離れ難くてしがみついちゃうかもしれない。笑


毎日「ただいま」が聞けたのも、

「行ってらっしゃい」が言えたのも、

「ご飯美味しい?」と聞けたのも、

「おかえり」って言えてたのも、

「部屋、片付けーな!」と言えたのも、

「今日、夜ご飯どないするん?」と聞けたのも、

「めんどくさいなー」と言いつつご飯の準備できたのも、

「今日の弁当美味かったわ!」と言ってくれたのも、

「服に染み付いた、とって?」と毎度毎度困らせてくれたのも、

たった1人の息子がそばにいてくれたから。


ありがとう。


お母さんね、あなたのお母さんとしてそばで過ごせた20年、本当に幸せでした。

離れても「元気?」「ちゃんと食べてる?」「風邪ひいてない?」「大学ちゃんと行ってる?」「提出物出してる?」…なんて鬱陶しく連絡すると思うけど許してね。


君を神戸に置いてってしまうお母さんを嫌いにならずにいてくれてありがとう。


愛してます。


あなたの母親になれたことが何より私にとっての誇りです。


この世で唯一のあなたのお母さんにならせてくれて本当にありがとう。


あなたのすべてがお母さんにとって宝物です。


どうか健康でいてください。

どうか毎日笑っててください。

さみしくなったら「顔見たい」って、

「たまには飯、作りに帰ってきて」って言ってください。

交通費払うから遊びに来てください。


子離れって難しい。


だから強制的に距離をとって身体での子離れさせてください。


心は絶対、離れませんけど。

母親だもの、無理、無理。


そこは諦めてください。


死ぬまで心の中では暑苦しくあなたの1番のファンで応援者、支援者でいたいので。


こんな素敵な存在と共に過ごさせてくれた神戸の街にはちゃんと息子の顔を見にこまめに帰ろうと思います。


その為にもゲストハウス神楽荘の仕事を頑張ります。


早く寝なきゃなんだけど、眠れない。


生まれてきてくれた日と同じ様に何度も寝顔を見に息子の部屋をこっそり覗く私しかいない夜になりそうです。


ありがとう。




年単位の準備段階を経て、

ようやく出雲のお家が工事に入りました。


ようやくここまで辿り着けた感満載。

人生あらよっとと180度変えるって大変だなーなんて呑気に思ってます。


計画始まってからの道のりの険しさたるや、

山あり谷ありドタバタの連続。笑

ま、人生そうだからこそ飽きずに過ごせて

懲りずに生きられる強さが育つものだろう。


うん。楽しい。


この2年。


家買うぞー!

よし明日買うための手付金…えっ!?

あの家じゃゲストハウスできへん!?

あかんあかん!家なくなった!!

どーすんのー!?


…ってなったら次の日には

買うはずだった家より良い家が

地元の方の紹介で買えることになったり。


再構築補助金申請に銀行か税理士か

商工会のバックアップいるってー!

出雲にそんな伝手などないやーん!

どーすんのー!?


…ってなった数日後には

地元の方から商工会繋いでもらって

事業起こしたら入会しますということで

バックアップしてもらえることになったり。


ぎゃー!不採択くらったー!!

やばー!次で通さなきゃやばーい!

どーすんのー!?


…ってなったら次の申請通す為に

商工会の方が事業計画書の見直しなど

様々なサポートをきめ細やかにしてくださり

何とか2回目で採択をいただけたり。


てか、融資どこから受けるのー!

この辺の銀行使ってないからやばーい!

どーすんのー!?


…ってなってる話を聞き、後日大工さんが紹介してくださった銀行の方が、

「あれ?前に一度お会いしたことありましたね!」という方でびっくり。

その後、何とか融資をしていただける運びになったり。


…と、まぁ、問題勃発→地元の方の手助け

→何とかなるのおかげさまの繰り返し。


出雲の皆様が本当に何から何まで

色々とサポートしてくださり、

ここまで辿り着きました。


出雲の皆様が心優しい方ばかりで

毎度毎度感謝しかないです。

出雲に行って過ごして何と無くでもイヤな人に

1人も会ったことがないのってすごいと思う。


みんな、心根の優しい人達ばかりで

どうやったらこんな風にあたたかい心の人たちばかりが育つのだろうと感動しっぱなしです。


私はただただ出雲大社に行っていつも通りに祈りを捧げてた……だけだったな、うん、間違いない。


相方さん&皆様、それを百も承知なところが素敵。

そして私に現実的な何かができるとか多分誰も期待してないところがまた素敵。


出雲でも認知されてるできない奴感、万歳🙌


君、何もしとらんがな!!


っていう明確な状態を怒らずニコニコとしながら

「あなたは大国主様に祈っといて」と言い放てる相方さんの心の広さに五体投地で感謝。


「あの人(私)だけ出雲に来ても困るから。誰が面倒見るの?」(出雲でもこの扱い素敵)

「…俺」(受け入れるんか)

「そう」(よく言えました感)の説得から

私の面倒を見るを一番のお役目としてあてがわれた相方さん。

この人多分菩薩の化身か何かに変化してきてんじゃないかと最近疑ってる。笑


そんなこんなで工事開始。


梁が太い、昔のお家だなぁ。



柱と梁だけの家から



セメントとか入ったり



床を張る為の作業入ったり



サッシやら壁らしきものができてたり、

瓦から軽い屋根に変わったり、

進捗を相方さんが写真を送ってくれます。


壁の色とかも決めてあります。


出来上がりは楽しみだけど

ローン支払い、激こわーい!笑い泣き


もう、なるようになる精神で頑張る。


多分、なんとかなるさ、

今までもなんとかなってきたから生きてんだ。


来年の春には神楽荘という名前のゲストハウスをオープンする予定で頑張っています。


ススメ ミライダ。



そんな私ですが、菩薩化してきた相方さんを笑顔にする為にたまにこんな風になってます。







サメー!!🦈






櫻井敦司さんがいなくなってしまった秋。


ずーっと大好きで

ずーっと大ファンで

これからもずーっとこのまま。


悲しいな。


35年間どんな時も聴いてきた歌声は

相変わらずここに在る。


櫻井さんの歌はなくならないけど

もう新しい歌声は聴けないんだな。


あっちゃん本人も突然過ぎてビックリだろうな。


亡くなったあとも


「みんなに心配かけさせてしまったな。

 これからのこと迷惑かけてしまうな。」


そんな風に気にかけていそうな優しい人。


どんな歌にも批判の言葉はなく

生と死、愛を時に激しく、

時に優しく歌う人だった。


すべてが美しい人だったな。


何もかもが綺麗な人だったな。


差し出す言葉の前に優しさを感じさせてくれる

そんな歌や言葉を紡ぐ人だったな。


なんて素敵な人に出会えた人生だろう。

なんて素敵な時を与えてくれた人だろう。


嬉しい時、悲しい時、苦しい時、切ない時、

愛に飢えてた時、死にそうだった時、

このまま死んでたまるかと肚に決めた時、

櫻井敦司さんの歌声が私を生かしてくれた。


本当に大好き。

たまらないんですよ。


何もかもが私の理想のままで。


名もなき花の一輪一輪を愛おしむように

私たちファンを愛してくれた。


今年LIVEに行って最後に聞いた

「名も無きわたし」


なんかまるで今このまんまを映し出す歌だなって

聴きながら涙が溢れてくる。


あっちゃん、最後まで

そこに在ろうとしてくれて

脳幹出血してんのに

最後まで歌ってくれて。


悔しかっただろうな、誰より。


あっちゃん、ありがとうございます。


私はあなたの歌に出会えて幸せです。

あなたの存在する時代のこの国に生まれてきて

あなたの紡ぐ言葉や歌やステージを

この目で、耳で、肌で感じられたことが

本当に本当に宝物です。


きっとあなたの歌はこれからも

またどんな時も私の心に寄り添い

この心を励まし、労り、発奮させ、

包み込んでくれるままです。


私はこの47年の人生の中の

35年ずっとそうして生きてきました。

どんな時もあなたの歌があったから

私は生きてこれたと言い切れるんです。


そんなファンが一人、ここにいたんですよ。


そんなファンがきっと

世界にたくさんいますよ。


そこから見えていたらいいな。


あっちゃんからしたら名前も存在も知らない

大勢のうちの一人のファンなんだけど

そんなファンをあなたは大切にしてくれて

「僕たちの宝です」って私たちに

その両手を広げて伝えてくれてきた。


神戸が震災に遭い、その神戸にきてくれた時


「がんばったね、神戸」


そう言ってくれたこと、うれしかったなぁ。


いろんなことがぶわぁぁって溢れて

涙が止まらなくなって

あっちゃんが見えなくなっちゃったなぁ。


もういないんだなぁ。


悔しいなぁ、もっと聴きたかったな、

あっちゃんが歌うこれから紡がれる優しい歌。


私が死ぬまでこの胸の中に在るから

この命はなかなか失くせなくなったな。


死ぬのも怖くなくなったな。

逝ったらあっちゃんいるんだなと思えて。


幸せだなぁ、本当に。

こんな風に泣けるほど

大好きなアーティストに出会えたなんて。


泣きひしがれる私を心配して

いろんな形でそばにいてくれた心友たち。

そんな母を心配して

抱きしめて慰めてくれた息子。

そんな私を心配して

思いをたくさん届けてくれた人達。


全部あっちゃんが

私の人生に与えてくれた

大きな繋がりの種が花咲いたもの。


悲しいだけじゃない

そんな時間にしてくれたから

私、大丈夫。


支えてくれた皆様、ありがとうございます。


私、この数日でものすごい勢いで

優しさに触れて救われました。


気になってたけどなんで声かけていいかわからなくてって。


私もそういう質だから、よくわかるの。

気になってるけどなんて言葉をかけていいかわからなさ過ぎて、ただ見守るしかできないって、

わかるから、そんな優しさも伝わってきてるから

本当にありがとうございます。




さぁ、これから天翔けるように生きよう。


青い空をどこまでもいこう。


魂 震わせ。



悲しくはない。


涙がボロボロボロ 溢れるけど。


青い空を どこまでも行こう。


私たちは自由だ。



こんな時もあっちゃんの歌の言葉の力借りて

私はやっぱり前を向いて泣いて

この足で立って歩いていくんだから、

もう、やるせない自分に身悶え。


けどこうやって生きてきたから

それもまた私。


今日を生きよう。

私のために、愛のために、君のために。


すべてのために祈りを込めて。








久しぶりすぎて文字を並べることに

色々と不器用になっている今この瞬間。


生きておりますし、生かされております。

出雲のゲストハウス「神楽荘」の計画も

出雲の皆様や相方の温かいご協力のお陰様で

来年2月には建物も完成して完璧移住です。


とりあえず相方には先に行って住んどいてって

今年5月から住んでもらってますけども。

私は半出雲、半神戸の生活です。


本当に出雲の皆様には何から何まで

優しく温かく受け入れていただき、

ご協力もご支援もご指導もいただき、

今まで以上に出雲が大好きとなり、

そして出雲の皆様が大好きになっています。


神戸の家族、全ての友人、関わってくださる皆様も、

この相変わらずでどないしょうもない私に

相変わらず優しく接して色々と与えてくださって

ますます大好きになっております。


幸せです。ありがとう。


コロナやら、戦争やら、物価高やら、インボイスやら、世間はあれこれありすぎですが、

風も涼やかに秋めいて、空の雲は高くなり秋の空となり、金木犀が香り始め、紫蘇の実は美味しく、自然は絶え間なく自然の営みを見せてくれる。


その自然の姿の中にこそ、命があるものが生きることの本質があるような気がする。


足るを知り、生み出した足らぬを減らせば

幸せなんてすぐ目の前にあるというのに

この時代の人間というのは強欲なもんだと

そよぐ風に葉を揺らす長き時を生きる樹々に

揶揄われている様な気さえもする。


自然はただただ偉大だな。


私が「私」としてここに在るのは

私が「私」としてここに在るということを知る

誰かがいてくれるからでしかない。


ただ私の命がここに在るというだけでは

そもそも「私」は存在していないのだ。


だから目の前に存在する人というのは

誰しもにとっても、どんな性質の人であっても、

「私」という存在をあらしめてくれる

ありがたい存在だなぁと思うばかりです。


「私」のことを嫌う人がいてくれるから

「私」はここに嫌なやつとして存在出来るし、

「私」のことを愛してくれる人がいるから

「私」はここに愛される者として存在出来る。


私は人に嫌われるのは別に嫌ではありません。

なので私自身は嫌われても悲しくはなりません。

「そういう存在として成り立たせてくれるのか」と感謝はします。


思い通りに打ちのめし甲斐のないやつで本当にごめんなさい。


その誰かの嫌いという感情に振り回されて生きられるほど、私は繊細に生きることはできない質のようなので諦めていただければ幸いです。


その分、愛してくださる方の優しさや温かさはものすごく心に響きます。

じんわりじんわり心に響いて、その想いのもたらす振動がじんわりじんわり心を温めてくれて、

そしてその方が今ここのこの世に存在して出会ってくれたという喜びに心が躍ります。


この目の前に存在してくださる方は

実は神様か菩薩様の化身ではないかと思うくらい

その存在そのものがありがたいと思います。


血のつながりがあるないに関わらず、

存在のつながりがあるという関わりがある。


そのつながりは無限であり、果てなどなく、

この人のその向こう側の人、そしてその向こう側にある人…というふうに、

つながりを思うとすべての存在に感謝が生まれる。


関わりがなくとも、なくなろうとも、

微かにでもどこかでつながりがあるとしたら、

「何があったか」や「どう思っているか」などちっぽけなものでしかなく、

今どこかで存在をあらしめる存在として互いがどこかで成り立たせあっている存在であることが、

互いの今を生み出しているということになるからありがたいものです。


直に関わり合い続けるも、

直の関わりが途絶えるも、

互いがそうでなければそれは成り立たない。


どちらかだけの在り方では

それは成り立たないのだから。


血のつながった家族と、血をつなげあっていく者、

そして血のつながらない者同士の、

「存在する」という共通点として得られる、

大きな一つの家族のような団体、

世界とはこの地球に生きている私たちすべてが所属する所。


生きてるだけで苦であり、諸々あれこれつらいのはつらいからできるだけお互い労わりあい、

生きることの苦から互いを救い合えるように生きていけたら奪い合うことなど必要なくなりますのにね。


物質社会が行き着く先がどんなものであるか、

その為に本質的なものが見えなくなってるというならば

物質社会のとどのつまりを否応なしに見せられて、

人として豊かに生きることの本質を取り戻させられるしかないのか…と思ったり。


そんな遠くない未来にそうなるのかもしれませんがね。

どうなるかはなってみなきゃわからんのが実際のところですし。


人の根っこは在り方に繋がる。

特別な才能も能力もいらない。

どんな存在も凹凸があり、得て不得手があり、

ちゃんと支え合わねば生きていけない仕組みになっている。


そのことがどれほどありがたいことなのかということ。


何者にもならなくとも、そこにいて誰かにその存在を知ってもらえていたなら、

その人はその人の持つ何かを誰かに手渡している存在であり、

その人を存在たらしめる存在としてそこに在るのだからそれだけで素晴らしいこと。


私はそもそもが無であるなぁと。


その無を無としても、在るとしてもあらしめてくれるのは、

そこに存在してくれているすべての存在だなということです。


ありがとう。


終わり。




ハローヾ(@^▽^@)ノ愛しき皆様ラブラブ
女神の知砂ですドキドキ

女の子は女神していますか?
男の子はスーパーヒーローしていますか?

しぶとく生きております。

あ〜、さてさて。

取り留めなく書きますけど。

ブログも書く事なく過ごしておりまして
そろそろ忘れ去られていいくらいになったので
そろそろ近頃起きた身の回りの変化でも書こうかなと。

そんなに驚かせる事ではないんですが何事もなければ来年冬か再来年春に移住する事となりました。

やっと、神々様からお許しが出ました。
神戸での学びはここまでというラインにたどり着いたそうです。

神棚の下で本気で祈ったら二日後に話がきて
その二日後には住む家も用意して頂ける事となり
あれよあれよという間にそうなりました。

そうなりたいと祈っておきながら
あまりの展開の速さに呆然とする私。

何はともあれ。

我が身や相方や移住先に何事もなければ
夏の終わり頃から本格的に出雲移住に向けて、
その家の片付けやリフォームをどうするか…、
さまざまな打ち合わせや行動をあれこれ…と
ゴソゴソと始めていく感じです。

息子が高三で受験を今年度に控えてますから、
そういうのがある程度落ち着かないといかんし、
大学か何かどこかに進学したとしても、
やりたい事やると社会に出たとしても、
とにかくある程度生活が落ち着かないと、
安心して出雲には移住できません。

何気に母でもあるので、どっちも大事。

そして出雲行ったら現実的に出雲に来られる皆様と関われるお仕事したいというのと、
社会的存在弱者に対しての「駆け込み寺」的な事はできないかという私のもう一つの夢を叶えるべく、
「オセルプロジェクト」というプロジェクトを出雲にてできる形で並行して行えたらと考えています。

なので。

駆け込み寺機能付きゲストハウスでもしようと思っています。

なんやそれ??でしょうけども。

そこもまた案を色々練っていかねばいけないから
まだまだやる事はいーーっぱいあって。

1日が24時間では足りない。

出雲移住やらゲストハウスやらオセルプロジェクトやらの為の知恵とか知識とか色々必要です。
その為にまた度厚かましくお力添えをお願いする事もあるかと思います。

その時はどうぞお力添えをいただけるのならばよろしくお願いします。

出雲に行くと目に見えぬ幽世とも今まで以上に深く関わる事になるかと思います。

生きている人、亡くなった人、生死問わず大切な御魂様たち、ご加護を与えてくださる御神仏様、その使いとして在る存在たち、さまざま必要な点と点を結んでいく「みたまむすび」です。

2年前の神在祭の夜神楽にて頂いた言葉をようやく我が身をもって確かめながら学んでいく事になるようで。

私はまだまだ未熟なので出雲に住んだら、
また超スパルタなお導きにて鍛えていただけるそうでして…


「出雲に来られたら3年ほど
俗世間から離されると思いますよ」

「やっぱり来る事になりますかね」

「なります」

「抗えない…」


結論。
ミジンコみたいな私が神様の決めた事に抗える筈もなし。

覚悟するしかない。

いや、俗世間から離されたらゲストハウスどうなるの??

何とかなるのか、するのかはわからないけれど、
何せ心強い人間が一人ついて行ってくれるからその辺はお任せしよう(←鬼畜)

あ、話を戻しますけど。

出雲に行くまでがまた一山もふた山も…ははは。

どんな時も「在る」ということで背を正してくださる神様の尊さが好きでたまりません。

それでも、人はどうしても穢れるんですけどね。

だから、あれこれ穢れを祓うことを真摯に繰り返すしかないし、なるべく穢れないような心の在り方で日々在れるようにしなければいけない。

御神仏に祈りを捧げたからこそ得られたと自分が思うご加護や御恩があるならば、
そのご加護や御恩を何か現世の為に出来ることあらば形にして分かち合い、
またそのように生きる事を体現して生きている姿を見せていく事もしたい。

それが現実社会の中で私なりに与えられたつぼみを抱き咲かせ実を成し祈りを捧げるという日々がどんなものなのか、
その中で大切なものはどんなものなのかと示していく一つの事例になるのかしらと最近思います。

祝詞奏上を毎朝毎夕始めてからほぼ丸3年。

まだまだです。

ここから、これから。

兎にも角にも。


「出雲に住みたい‼︎」

そう言っていた願いは叶えられそうです。

女神、第二章の幕開けのために
これから苦手な事いっぱいがんばります。

相方が。


では。

今日もあなたの笑顔と涙がとても綺麗な日でありますようにキラキラ


またね〜ドキドキ

✄---✄---✄---キリトリ---✄---✄---✄

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