「アスアサ4ジ イヅ ジシンアルムクヒラ」
宮津市江尻の椋平広吉氏は、京都大学石野理学部長に電報で予告した。
そして翌日丁度その時間(昭和5年11月26日午前4時すぎ)に北伊豆に大地震が起こった。
毎日新聞はこれを大きく報道した。
相対性理論のアインシュタインや、発明王エジソンから椋平青年あてに激励の手紙が寄せられた。
椋平氏が地震を予知しているのは一種の虹で、椋平虹といわれ、現れる場所は全国で8ヵ所だけが知られている。
発現時間は、日の出、日の入り、等で短時間のみの出現、形は別図に示す様である。
これによって日本の地震はおろか世界の地震の震源地 規模、日時まで予知出来、的中率80パーセントとか。
元日本地震予知クラブの会員和田忠夫氏は、地震のとき震源地から発する
超音波の影響による一種の光学現象であるとユニークな仮説を立てて研究していた。