「今年もやるの、ほら、火のお祭り?」
あのときは私はそう聞いた。いまでもはっきり覚えてる。玄関口で靴を磨いていた父の背中は広くて大きかった、だけど、ずしりと重い雨雲のような気配が漂っていて、あまり多くを聞くことはできなかった。
「祈り火の祭なら、また夏の終わりにあるよ」
「……うん」
「母さんと行けばいい。そのころには少しは落ちついてると思う」
じゃあ、また。
引き戸から射し込む真夏の光は真っ白くて、目眩を覚えるくらいだった、その光のなかに吸い込まれるように消えてゆく父の後ろ姿を、何度も何度も私は思い出す。
帰郷するのは久しぶりだった、何年になるだろう、大学を卒業してからは帰っていない。在学中もあれやこれやと理由をつけ、なるべく故郷に戻らないようにした。幼かったころの私、子供のままの変わらない私を期待されるのが好きじゃなかった。結局はその小さな村から逃げるように東京の大学に進学し、そして卒業後は小さな出版社に就職し、日本各地を転々とする編集者としての生活に慣れ、いつの間にか生まれた土地を記憶から追い出すように多忙極まる日々に埋没していった。
狂った方位磁石のように自分を振り回し、ありとあらゆる地域の祭や催しを写真に収めた。
ごく最近では流星群を撮影に行ってきたばかりで、そのために夏期休暇も自ら棒に振った。
私が感じたのは、どのような意図があれ、その地域特有の文化や伝承があれ、結局、ありとあらゆる祭と呼ばれるものにそう差はないということだった。
どこに行ったにしても、私は故郷の祭を思い出すのだ。
あの「祈り火の夏祭り」を。
photograph,illustration and story by Billy.