祈り火と過ぎる夏<1>
祈り火と過ぎる夏<2>
祈り火と過ぎる夏<3>
海の近くまでとぼとぼと歩く、私と父はその距離を互いにはかるように少し近づき、そしてまた少し離れる。
あの日……そう、父が家を出た日から、私は一度も彼に会うことがなかった。
両親の間に何があり、どんな話し合いを経て、それぞれに生きたのかは分からない。
あえてそれを問いただすこともなかった。
「今年は……祭はないんだろうね……」
「私はずいぶん久しぶりなんだ、この村にくるのは」「そう……」
いつか父の背中に似たことを問いかけたことがあるのを思い出す。
あのころの父とは別人のようだ、痩せて衰え、すでに老いが漂いつつある。
だけど20年の月日が経っても変わらないこともある。歩き方や、引っ切りなしにタバコを吸うくせ、そんな記憶になかった細部に若き日の父が見えかくれする。
「あの人は……母さんには会ったのか?」
私は黙って首を振る。
小さなころに遊んだブランコ、児童公園。
誰にも使われていないままのようで、背の低い雑草たちが風にさらされ、声をあげていた。
「死んだんだよ、お母さんは。私が20歳のときだった」
知らなかったの。その思いを飲み込む。
暮れ始めた公園のなか、父の点けたタバコの赤がぽつんと灯る。
ほたるにも似たその微かな光。海に消えてゆく、あの祈りの火の群れ。
誰かが大雨を避けるような願いを託していれば、こんなことにはならなかったのかな。
ふとそんな気にもなる。
関係ない、そうも思う。
私たちはいつも無力で祈り願うことしか知らない。だからこそ、あの炎たちがより強く見えたのだ。
photograph and story by Billy.