祈り火と過ぎる夏<1>
祈り火と過ぎる夏<2>
祈り火と過ぎる夏<3>
祈り火と過ぎる夏<4>
祈り火と過ぎる夏<5>
祈り火と過ぎる夏<6>
祈り火と過ぎる夏<7>
農地としての再生には相当な時間がかかる、それがソウスケらの結論だった。先祖代々、この地で農業に従事してきた彼にとっては生き方そのものを抜本的に見直す必要のある決断だった。
久しぶりにタバコをくわえた。もう、この地からは離れなければならないだろう。他の地でなにができるかなど見当もつかない。
だが、生きてゆく以上、この地を離れざるを得ない。なにもなくなったんだ、ただその言葉が体の内側に響き続けた。
なにができるのか、なにをなすべきか。
それははっきりと答を導き出せていない。
だけど、このまま故郷を離れるわけにもいかない、それだけは分かる。
ソウスケはまぶたに描く。祈りに充ちた光が暗闇に浮かぶ、あの瞬間を。
「やらないか、祈り火」
電話口で父はそう言った。あの日、再会して以来、数日ぶりに聞く声だった。それ以前は20年近いブランクがある。
父だという認識はあまりなく、かつて父であった初老の男としてミズキは距離をつくっている。
アパートの外は夕の刻の赤みがかった空で、太陽は溶けて落ちてゆく。
その景色のなかに赤とんぼが舞っているように見えた、最初はそれが赤とんぼだとは思わなかった、そんなものを見つけることがあまりなかった。
「祈り火……?」
「ああ」
「今年は中止だって聞いて、それでもうこっちに帰ってきたんだよ」
「祭は中止だけど。でも、祈り火ならできるだろう、君も僕もあの土地に住むことはもうないかもしれないが、それでも、生きた土地なんだ、そのことには変わらない」
父は母と私を置いて出て行った、あの光に消えた背中の残像がなんども頭に浮かんでは消える。
その父が祈り火をやろうという。何をどうするつもりかは分からない。
「……分かった。やります、祈り火」
意味もろくに飲み込めないまま、ミズキは再び故郷へゆくことを決意した。
photograph and story by Billy.