「砂時計のクロニクル #5」
街は今日も夜明け前で、明けることも暮れることもない。
動かなくなった砂時計は水平より少し傾いて止まり、そのガラスの空洞から黄金の砂が溢れ出していた。
川を跨いで作られた砂時計からこぼれた砂は、流れる水を満たして金色に染め、今日も夜明け前の世界に知らないふりで海へと流れてゆく。
僕はかすかに明るみの残る街をゆく。
『神様のため息』とされた砂時計と時間の終わり。
人々は永遠の夜明け前、来ない朝に慣れようとしているみたいだった。
修復に立ち上がった人たちも、街全体に影をつくるほどに大きな砂時計を直すことはできなかった、溢れ出てしまった黄金の砂もこの国にはなく、僕らの街は薄暗くて寒々しい景色に変わってゆく。
「フラウ。夜明け前がいちばん暗いって言うじゃない?」
本当なのかどうかは知らない、それより、僕は彼女にかける言葉が欲しかっただけ。
「朝がこないから起きたり眠ったりできないの」
リヒーナはずっと眠っていない。眠そうに目をこする。そんな人がずいぶん増えた。寝ても覚めても同じ色の空が広がるんだ、僕だってあまり眠れなくなった。
「ねえ。少し横になったほうがいいよ」
「眠れないよ」
「眠らなくても、寝転んで目を閉じて……。リヒーナ、顔色が良くない」
「眠ろうとはしたの。目覚めたら朝になってて、君におはようって言いにゆけるんじゃないかって……」
彼女の住んでる部屋からは伸びた街路樹の枝を見ることができた。小さなころは届かなかったその葉に手が届いたのは去年のいまごろ。彼女はそれより半年前だった。
あの樹は枯れて倒れ、ばらばらにされてどこかへ運ばれてしまった。
景色がみるみる変わってゆく。
あがらない温度と吹き続ける風。冬の世界。凍りついて溶けない路地の水たまり。影まで凍りそうな夜明け前の僕たちの街。
「絶対に戻ってくるから」
吐いた息が透き通るのをじっと見ていた。
「……え?」
部屋のなかは青白くて、金色の光に包まれていたころが遠い昔のように思えた。
「きっと何か方法があるはずなんだ、僕はそれを探しにゆく。このままじゃ……」
このままじゃ夜は明けない。待っていても朝は来ない。
「行くってどこへ……?」
窓辺に飾られていた花が弱々しく痩せて花びらは落ちていた。彼女が大切に育ててきた花だ。
「わからない。砂時計を直す方法なのか、時間を元に戻す方法なのか。それ以外かもしれない。僕はそれを探しにゆく」
「探しに……時を戻す方法を……」
「うん」僕は言う。
「花を……窓辺に新しい花を咲かせたいんだ」
君と笑顔でいられるように。
【つづく】
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