「砂時計のクロニクル #6」
「……手紙」
「え?」
「手紙、書いてくれる?」
「うん」
「気をつけて……絶対に帰ってきて」
「うん。約束する」
私たちが見つめる先には動かなくなった砂時計がぼんやりと浮かんで見えた。止まってしまったそれは街に大きな影を落とし、私たちの影は溶け込んで見ることができない。
夜明け前の薄暗い世界は深い湖の底にいるようで、覚束ない足下は、次の一歩を爪先が探している。
フラウが旅に出た日のこと。
どこにゆくのか、どれくらいの時がいるのか。私はそれを聞かなかったし、彼も話そうとしなかった。どうして聞かなかったのか、よく覚えていない。
ほんのわずかな光に浮かんだ横顔だけはずっと覚えてる。
きっと遠くを見ていたんだろう。
あまりにも見慣れてしまって、すぐそばにいる彼がずいぶん大きくなっていることにさえ気づかなかった。
朝が来なくて時間が止まったんだと思っていた、だけど、生きている私たちの時は止まることがない。毎日変化してゆく。
ほんのわずかな一瞬でさえ、私たちは変化してゆく。
目覚めを忘れても、それでも世界は続いていた。
人より身軽で自由な生き物たちから姿を見なくなり始めた、鳥は遥か遠くへ群れて薄闇の空を走り、花は一輪ずつ散って、私たちの住む街は冷たい風が吹き抜けて、笑顔を失くした人々はやがて外に出なくなった。
街は静かで……あまりに静かで、話し声さえ聞かなくなった。
「聞こえる?」
私は空に問いかけた。窓の外の景色は変わらない。日が経つにつれて朝の温もりをどこか忘れてゆきそうな自分を知っている。
笑顔で逢うことのできた、当たり前の日々を遠くに思う。
「変わりはない?」
星はなく月は眠り、目覚めないままの太陽と、街を離れてゆく人々の姿が見える。
「おはよう、いま、君がいる場所には朝がある?」
【つづく】
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