小さい頃、親戚の家に行った帰り、浜松町の駅を出てすぐ見える、東京タワーが夜空へ向かって、赤く真っ直ぐに伸びているのを見て、最初に綺麗とは思わず、ある考えが浮かんだのを覚えている。
『キャンドルみたい』
少し幻想的にも見える、あの夜空と東京タワーのバーミリオンの対比(コントラスト)は、幼かった僕の目に夢のように映った。
だが、そのうち高校生になって、その親戚の家にも行かなくなり、あの東京タワーも見なくなった。
そういえば、都会に堂々とそびえ立つキャンドルは、今も変わらないのに、僕はずいぶんと変わったものだ。
中学生の頃、父親からもらったデジタル一眼を触り始めたのがきっかけで、写真が好きになり、高校では写真部に所属するまでになった。
その部活の冬休みの宿題として、『自分の思う最高の被写体を撮る』というものが出されたわけなのだが、その条件が難しい。
《誰かひとり、モデルを入れろ》というのである。
最高の被写体と聞いて、思い浮かんだ景色があったのは言うまでもないが、あのキャンドルに似合うモデルを探す、となると、写真を撮る以前にそこからスタートしなければならない。
(ちぇっ、変な課題出しやがって…)
部活の顧問を激しく恨みつつ、渋々、僕はモデルを探し始めた。
そして、特にモデルも決まらぬままクリスマス・イヴを迎えてしまった。
今日が冬休み初日だ。
僕はこの写真を、なるべく早く撮らなければ、と思っていた。
なぜなら、クリスマスが過ぎたそのあとは、新年ムード一色になってしまい、いくらその光景が幻想的でも、後ろから、良くお正月に聴くような琴のBGMが流れてきたりしたら、写真からは聴こえてこないにせよ、雰囲気台無しだからだ。
「年内には撮らないとな…」
雑踏のなか、そうつぶやいてついたため息は白く残って消えた。
ついこの間までハロウィンとかで盛り上がっていたのに…、と思いながら、街中を急ぐ。
それにしても、師走の街は、いつにもまして慌ただしく動いている。
年末商戦、最後の追い込みをかけるため、街頭演説みたいに声を張り上げている、家電量販店員。
ジョン・レノンとか、山下達郎がクリスマスソングを歌う街を、きらびやかに照らすイルミネーションと恋人たち。
人々の雑踏、笑い声。
その多彩な感情の渦のひとコマを切り取るようにして、僕は持ってきたカメラのシャッターを切り始めた。
パシャ、パシャ、パシャ。
ひとつシャッター音が鳴る度に、時間がピタリと止まるような、そんな錯覚を覚える。
そうして切り取った時間は、半永久的にデータとしてとどまるのだ。
写真というものは不思議な世界だと思う。
そうして2時間、人々の雑踏に混じって色々なものを写真に収め、さて、空も夕焼けに染まってきたし、そろそろいい頃だろう、と浜松町に向かうことにした。
そこへ行くため、また人々の雑踏のなかを抜けながら、JRの駅に向かっている最中、僕は予期せぬ出会いをすることになったのである。
「あれ…、もしかして…?」
突然、僕の前でひとりの少女が立ち止まった。
「あれ…、佳奈ちゃん?」
そして、彼女には僕も見覚えがあるのだった。
小学生の頃、彼女、澄田佳奈の兄と僕が同級生で、仲も良かったので、しょっちゅう家にお邪魔させてもらった。
彼女とはその頃からの付き合いで、よく彼女の兄と僕との3人で、ゲームとかで遊んでいた。
だいたい、どんなゲームでも、彼女が負けるのがお約束だったのは、いい思い出のひとつだ。
小学校卒業と同時に、中学は別々になったために会わなくなったが、まさかこんなところで、妹の方と再会することになるとは思わなかった。
ずいぶんと大人っぽくなった彼女との久しぶりの再会に、ここが路上だとかは忘れて、話が弾む。
「何やってるの?カメラなんか持って」
「宿題だよ、部活の」
「カメラ必要な部活って、写真部とか?」
「正解!これから東京タワーを撮りに行くんだよ。まあ、モデルをひとり入れなきゃいけないから、今日は試し撮りってやつかな」
僕がそういうと、
「あ、あたしやりたい!そのモデル!」
と言ってきた。
「え、佳奈ちゃんが!?」
あまり急なことにびっくりしていると、
「ダメかな?」
と聞かれた。
(大人っぽくなったと思ったけど、こういう表情は僕が小学生の頃と何ら変わりないな…)
なんか、そんな表情でそう言われてしまうと、こっちも弱い。
「…時間あるの?もう夕方だけど」
時間を確かめると、もう夕方4時だ。
(僕がついてるとはいえ、中学生をこれから暗くなる街中に連れていっていいのか?)
少し考えたが、
「うん、大丈夫!」
満面の笑顔。
どうやら、その心配は杞憂だったらしい。
「んじゃ、人がすごいから、はぐれるなよー」
そう言って、僕と彼女は駅へと歩き出した。
「…お兄ちゃん、元気?」
人混みのなかを、他愛もない会話を交わしながら、彼女と並んで歩いていく。
はぐれないように会話しておかないと、この人混みに呑まれて、本気ではぐれそうだ。
「うん、元気だよ。バスケ部も忙しいみたい」
「そっか、元気なら良かった」
「そっちは?」
「なんとかやってる。あいつにも、そう伝えといて」
「…うん、わかった」
会話は一旦そこで終わった。
まわりの人々はせわしく、時間というものに追われるように早く通り過ぎていく。
でも、そうして彼女と会話していく度、妙にゆったりとした懐かしさが彼女との間に広がっていくのを、僕は感じていた。
「なんか…、変な感じだな」
「…そうだね」
2人とも、そう言ったあと、ぎこちなく見つめ合って笑った。
駅はもうすぐそこだ。
イルミネーションが徐々に灯っていく。
きらびやかな街は、色々な人々の表情をのせて、さらに鮮やかになり、これから始まる2日間の聖なる夜を、この街全体が祝福する。
僕はそんな夜の冷たい空気を、彼女とともに、思いきり吸い込んだ。
…なんだか、いつも通りのような、そうじゃないような、変にくすぐったい、そんな気分になった。
『キャンドルみたい』
少し幻想的にも見える、あの夜空と東京タワーのバーミリオンの対比(コントラスト)は、幼かった僕の目に夢のように映った。
だが、そのうち高校生になって、その親戚の家にも行かなくなり、あの東京タワーも見なくなった。
そういえば、都会に堂々とそびえ立つキャンドルは、今も変わらないのに、僕はずいぶんと変わったものだ。
中学生の頃、父親からもらったデジタル一眼を触り始めたのがきっかけで、写真が好きになり、高校では写真部に所属するまでになった。
その部活の冬休みの宿題として、『自分の思う最高の被写体を撮る』というものが出されたわけなのだが、その条件が難しい。
《誰かひとり、モデルを入れろ》というのである。
最高の被写体と聞いて、思い浮かんだ景色があったのは言うまでもないが、あのキャンドルに似合うモデルを探す、となると、写真を撮る以前にそこからスタートしなければならない。
(ちぇっ、変な課題出しやがって…)
部活の顧問を激しく恨みつつ、渋々、僕はモデルを探し始めた。
そして、特にモデルも決まらぬままクリスマス・イヴを迎えてしまった。
今日が冬休み初日だ。
僕はこの写真を、なるべく早く撮らなければ、と思っていた。
なぜなら、クリスマスが過ぎたそのあとは、新年ムード一色になってしまい、いくらその光景が幻想的でも、後ろから、良くお正月に聴くような琴のBGMが流れてきたりしたら、写真からは聴こえてこないにせよ、雰囲気台無しだからだ。
「年内には撮らないとな…」
雑踏のなか、そうつぶやいてついたため息は白く残って消えた。
ついこの間までハロウィンとかで盛り上がっていたのに…、と思いながら、街中を急ぐ。
それにしても、師走の街は、いつにもまして慌ただしく動いている。
年末商戦、最後の追い込みをかけるため、街頭演説みたいに声を張り上げている、家電量販店員。
ジョン・レノンとか、山下達郎がクリスマスソングを歌う街を、きらびやかに照らすイルミネーションと恋人たち。
人々の雑踏、笑い声。
その多彩な感情の渦のひとコマを切り取るようにして、僕は持ってきたカメラのシャッターを切り始めた。
パシャ、パシャ、パシャ。
ひとつシャッター音が鳴る度に、時間がピタリと止まるような、そんな錯覚を覚える。
そうして切り取った時間は、半永久的にデータとしてとどまるのだ。
写真というものは不思議な世界だと思う。
そうして2時間、人々の雑踏に混じって色々なものを写真に収め、さて、空も夕焼けに染まってきたし、そろそろいい頃だろう、と浜松町に向かうことにした。
そこへ行くため、また人々の雑踏のなかを抜けながら、JRの駅に向かっている最中、僕は予期せぬ出会いをすることになったのである。
「あれ…、もしかして…?」
突然、僕の前でひとりの少女が立ち止まった。
「あれ…、佳奈ちゃん?」
そして、彼女には僕も見覚えがあるのだった。
小学生の頃、彼女、澄田佳奈の兄と僕が同級生で、仲も良かったので、しょっちゅう家にお邪魔させてもらった。
彼女とはその頃からの付き合いで、よく彼女の兄と僕との3人で、ゲームとかで遊んでいた。
だいたい、どんなゲームでも、彼女が負けるのがお約束だったのは、いい思い出のひとつだ。
小学校卒業と同時に、中学は別々になったために会わなくなったが、まさかこんなところで、妹の方と再会することになるとは思わなかった。
ずいぶんと大人っぽくなった彼女との久しぶりの再会に、ここが路上だとかは忘れて、話が弾む。
「何やってるの?カメラなんか持って」
「宿題だよ、部活の」
「カメラ必要な部活って、写真部とか?」
「正解!これから東京タワーを撮りに行くんだよ。まあ、モデルをひとり入れなきゃいけないから、今日は試し撮りってやつかな」
僕がそういうと、
「あ、あたしやりたい!そのモデル!」
と言ってきた。
「え、佳奈ちゃんが!?」
あまり急なことにびっくりしていると、
「ダメかな?」
と聞かれた。
(大人っぽくなったと思ったけど、こういう表情は僕が小学生の頃と何ら変わりないな…)
なんか、そんな表情でそう言われてしまうと、こっちも弱い。
「…時間あるの?もう夕方だけど」
時間を確かめると、もう夕方4時だ。
(僕がついてるとはいえ、中学生をこれから暗くなる街中に連れていっていいのか?)
少し考えたが、
「うん、大丈夫!」
満面の笑顔。
どうやら、その心配は杞憂だったらしい。
「んじゃ、人がすごいから、はぐれるなよー」
そう言って、僕と彼女は駅へと歩き出した。
「…お兄ちゃん、元気?」
人混みのなかを、他愛もない会話を交わしながら、彼女と並んで歩いていく。
はぐれないように会話しておかないと、この人混みに呑まれて、本気ではぐれそうだ。
「うん、元気だよ。バスケ部も忙しいみたい」
「そっか、元気なら良かった」
「そっちは?」
「なんとかやってる。あいつにも、そう伝えといて」
「…うん、わかった」
会話は一旦そこで終わった。
まわりの人々はせわしく、時間というものに追われるように早く通り過ぎていく。
でも、そうして彼女と会話していく度、妙にゆったりとした懐かしさが彼女との間に広がっていくのを、僕は感じていた。
「なんか…、変な感じだな」
「…そうだね」
2人とも、そう言ったあと、ぎこちなく見つめ合って笑った。
駅はもうすぐそこだ。
イルミネーションが徐々に灯っていく。
きらびやかな街は、色々な人々の表情をのせて、さらに鮮やかになり、これから始まる2日間の聖なる夜を、この街全体が祝福する。
僕はそんな夜の冷たい空気を、彼女とともに、思いきり吸い込んだ。
…なんだか、いつも通りのような、そうじゃないような、変にくすぐったい、そんな気分になった。
乗りこんだ山手線は、いつものような混雑ぶりだった。
それでも、カップルが多いのはクリスマスらしさと言ったところだろうか。
「すごい人だね…」
隣にいる彼女が、少し、その人の多さに驚きながら言う。
「山手線なんて、ラッシュアワーはこんなもんじゃないかな。むしろ、まだ本格的にラッシュじゃないから、マシなはずだよ」
「えぇ…」
そう言った僕の言葉に、少し引き気味の彼女。
これから、あと15分くらいは山手線に乗っていなければならないから、当然の反応かもしれない。
駅までと同じように、また他愛もない会話を交わしているうちに、電車は、定刻で浜松町に到着した。
ここの東京モノレールと直結している側の出口から出ると、全景は見えないが、すぐに東京タワーが見える。
それこそが、僕が一番思い出に残っている場所であり、今回、『最高の被写体』として選んだ東京タワーの撮影スポットだ。
全景が見えず、半分ほどしか見ることはできないが、だからこそ、僕はキャンドルみたいだと感じたのだと思う。
あの綺麗さには、彼女も驚くのではないだろうか。
「東京タワーって芝公園とか、あの辺だよね?ここから見えるの?」
不思議そうにそう聞く彼女に、
「見ればわかるよ」
とだけ言って、ワクワクしながら改札を通り抜け、地上に出た。
地上に出ると、やはり、この街も聖なる夜の慌ただしい雰囲気が漂っていた。
しかし、そこには小さい頃と何ら変わりない姿で、あったのだ。
正面に、ライトアップされた東京タワー。
今日もまた、凛としたバーミリオンの輝きを放ちながら、キャンドルは灯っていた。
「わあ…、綺麗…」
感動した表情を浮かべた彼女は、しばらく立ち止まっまま、ただその光景を眺めていた。
「…これが、撮りたかった景色?」
しばらくして、彼女が僕に言った。
「…あぁ、そうだよ」
「…綺麗だね」
そう言った彼女の横顔は、僕のよく知る彼女の顔だったが、やっぱりどこか大人っぽかった。
まあ、知り合ってからだいぶ経ってるから、そりゃそうなんだけど。
(…よし、横顔ちょっと撮ってみるか…。画になりそうだし)
僕は、彼女に
「…ちょっと、佳奈ちゃん、そのままでいて」
とだけ言って、カメラのシャッターを切った。
急に切られたシャッターに、驚く彼女。
「え、な、何!?急に撮らないでよ!!」
慌てる彼女に、僕はカメラの画面を見ながら、笑顔でこう言った。
「…綺麗に撮れたよ」
「ウソだ、絶対いま変な顔してたー!!!」
…まったく、大人っぽくなったと思ったら子どもっぽくなったり、忙しいやつだな…。
…少し呆れたように笑いながら、画面を確認する。
…画面に写っていたのは、東京タワーのバーミリオンの灯に見とれている、彼女の笑顔だった。
この寒さで、少し頬が赤く染まっていて、少しだけ色っぽい。
「大丈夫だよ、ちゃんといい顔してるから」
まだ、じたばたと騒いでいる彼女に、僕はさっきみたいに呆れたように笑いながら、僕は言った。
「…ならいいけど」
その言葉を聞いて、諦めたように、少し頬を膨らませた彼女はそう言った。
そのあとも、しばらく2人であの灯に見とれていると、彼女があることを口にした。
「ねえ、せっかくだし、東京タワーまで行ってみようよ!その方が綺麗に見えるだろうし、夜景も見たいし!」
そう言われて、ふと思い出した。
今まで、浜松町での撮影にこだわっていたが、なにもそこにこだわる必要性はないのだ。
ただ、僕は鮮やかなあのキャンドルとモデルの彼女を、一緒に写真のなかに収めたいだけなんだから。
(確かに、近づいた方があのバーミリオンは鮮やかに写るかもしれないな…)
彼女の、夜景が見たいという考えは抜きにして、僕は彼女の意見に従い、大江戸線で、1駅先の赤羽橋へと向かい、そこからしばらく歩くことにした。
赤羽橋に着いて、東京タワー到着直前の急坂を彼女と登っているとき、彼女が、ふいにこんなことを僕に聞いてきた。
「…ねえ」
「ん?」
「今日、流れ星とか、見えたりするかな?」
…東京で流れ星って観測できるものなんだろうか?
富士山とかに行けば見えるかもしれないが…。
しばらく考えて困ったあげく、僕は一言、
「…ごめん、見えるかはわかんないや。でも、流れ星見えるとしたら、何をお願いするつもりだったの?」
僕は彼女に聞いた。
何となく気になったのだ。
「えーと、それはね…」
彼女はそう言いかけて、
「…ううん、なんでもない!」
と、言葉を濁らせた。
「なんだよ、気になるじゃんか!」
「えっへへー」
東京タワーに着いて、あたしの気が向けばね、と、彼女はまた、くったくのない笑顔で僕に言うのだった。
東京タワーは、その坂を登ってすぐにあった。
遠目から見た印象が強かった僕にとって、見上げる構図の東京タワーは、僕もあまり見たことがなかったのだが、構図は違えど、やっぱり綺麗で、またしても2人で見とれてしまった。
「ね?言ったでしょ、綺麗だって」
彼女があたかも自分の手柄のように、満面の笑顔で得意げに言う。
「佳奈ちゃん、東京タワー撮るって決めたのは僕だからね?」
そう言った僕の言葉を聞いて、彼女はまたぶすくれた。
その様子を見て、僕はまた呆れたように笑いながら、彼女の頭を撫でた。
昔より彼女の身長も伸びたはずなのに、彼女が僕から見てまだ低いのは、僕の身長もそれなりに伸びたからなのだろう。
その身長の伸びは、彼女とその兄と出会ってから相当の時間が経過していることを暗に示している。
今更ながら、そんな彼女とクリスマスの街を歩いて、東京タワーを眺めていることに少し不思議な感じを覚えた。
無意識のうちに、僕は彼女の少し後ろでカメラを構え、その不思議さを切り取るように、画面のなかに東京タワーと彼女を収めてシャッターを切った。
ボタンひとつで、その瞬間のすべての出来事が静止して、切り取られてしまう、やはり不思議で鮮やかな世界。
彼女がシャッター音に気付いて、僕の方を振り向いた。
「いいの撮れたー?」
彼女がまた満面の笑顔で僕に言う。
僕は、笑顔で、彼女に向かって親指を立てて、こう言った。
「…試し撮りにしては、もったいないくらいだよ」
それでも、カップルが多いのはクリスマスらしさと言ったところだろうか。
「すごい人だね…」
隣にいる彼女が、少し、その人の多さに驚きながら言う。
「山手線なんて、ラッシュアワーはこんなもんじゃないかな。むしろ、まだ本格的にラッシュじゃないから、マシなはずだよ」
「えぇ…」
そう言った僕の言葉に、少し引き気味の彼女。
これから、あと15分くらいは山手線に乗っていなければならないから、当然の反応かもしれない。
駅までと同じように、また他愛もない会話を交わしているうちに、電車は、定刻で浜松町に到着した。
ここの東京モノレールと直結している側の出口から出ると、全景は見えないが、すぐに東京タワーが見える。
それこそが、僕が一番思い出に残っている場所であり、今回、『最高の被写体』として選んだ東京タワーの撮影スポットだ。
全景が見えず、半分ほどしか見ることはできないが、だからこそ、僕はキャンドルみたいだと感じたのだと思う。
あの綺麗さには、彼女も驚くのではないだろうか。
「東京タワーって芝公園とか、あの辺だよね?ここから見えるの?」
不思議そうにそう聞く彼女に、
「見ればわかるよ」
とだけ言って、ワクワクしながら改札を通り抜け、地上に出た。
地上に出ると、やはり、この街も聖なる夜の慌ただしい雰囲気が漂っていた。
しかし、そこには小さい頃と何ら変わりない姿で、あったのだ。
正面に、ライトアップされた東京タワー。
今日もまた、凛としたバーミリオンの輝きを放ちながら、キャンドルは灯っていた。
「わあ…、綺麗…」
感動した表情を浮かべた彼女は、しばらく立ち止まっまま、ただその光景を眺めていた。
「…これが、撮りたかった景色?」
しばらくして、彼女が僕に言った。
「…あぁ、そうだよ」
「…綺麗だね」
そう言った彼女の横顔は、僕のよく知る彼女の顔だったが、やっぱりどこか大人っぽかった。
まあ、知り合ってからだいぶ経ってるから、そりゃそうなんだけど。
(…よし、横顔ちょっと撮ってみるか…。画になりそうだし)
僕は、彼女に
「…ちょっと、佳奈ちゃん、そのままでいて」
とだけ言って、カメラのシャッターを切った。
急に切られたシャッターに、驚く彼女。
「え、な、何!?急に撮らないでよ!!」
慌てる彼女に、僕はカメラの画面を見ながら、笑顔でこう言った。
「…綺麗に撮れたよ」
「ウソだ、絶対いま変な顔してたー!!!」
…まったく、大人っぽくなったと思ったら子どもっぽくなったり、忙しいやつだな…。
…少し呆れたように笑いながら、画面を確認する。
…画面に写っていたのは、東京タワーのバーミリオンの灯に見とれている、彼女の笑顔だった。
この寒さで、少し頬が赤く染まっていて、少しだけ色っぽい。
「大丈夫だよ、ちゃんといい顔してるから」
まだ、じたばたと騒いでいる彼女に、僕はさっきみたいに呆れたように笑いながら、僕は言った。
「…ならいいけど」
その言葉を聞いて、諦めたように、少し頬を膨らませた彼女はそう言った。
そのあとも、しばらく2人であの灯に見とれていると、彼女があることを口にした。
「ねえ、せっかくだし、東京タワーまで行ってみようよ!その方が綺麗に見えるだろうし、夜景も見たいし!」
そう言われて、ふと思い出した。
今まで、浜松町での撮影にこだわっていたが、なにもそこにこだわる必要性はないのだ。
ただ、僕は鮮やかなあのキャンドルとモデルの彼女を、一緒に写真のなかに収めたいだけなんだから。
(確かに、近づいた方があのバーミリオンは鮮やかに写るかもしれないな…)
彼女の、夜景が見たいという考えは抜きにして、僕は彼女の意見に従い、大江戸線で、1駅先の赤羽橋へと向かい、そこからしばらく歩くことにした。
赤羽橋に着いて、東京タワー到着直前の急坂を彼女と登っているとき、彼女が、ふいにこんなことを僕に聞いてきた。
「…ねえ」
「ん?」
「今日、流れ星とか、見えたりするかな?」
…東京で流れ星って観測できるものなんだろうか?
富士山とかに行けば見えるかもしれないが…。
しばらく考えて困ったあげく、僕は一言、
「…ごめん、見えるかはわかんないや。でも、流れ星見えるとしたら、何をお願いするつもりだったの?」
僕は彼女に聞いた。
何となく気になったのだ。
「えーと、それはね…」
彼女はそう言いかけて、
「…ううん、なんでもない!」
と、言葉を濁らせた。
「なんだよ、気になるじゃんか!」
「えっへへー」
東京タワーに着いて、あたしの気が向けばね、と、彼女はまた、くったくのない笑顔で僕に言うのだった。
東京タワーは、その坂を登ってすぐにあった。
遠目から見た印象が強かった僕にとって、見上げる構図の東京タワーは、僕もあまり見たことがなかったのだが、構図は違えど、やっぱり綺麗で、またしても2人で見とれてしまった。
「ね?言ったでしょ、綺麗だって」
彼女があたかも自分の手柄のように、満面の笑顔で得意げに言う。
「佳奈ちゃん、東京タワー撮るって決めたのは僕だからね?」
そう言った僕の言葉を聞いて、彼女はまたぶすくれた。
その様子を見て、僕はまた呆れたように笑いながら、彼女の頭を撫でた。
昔より彼女の身長も伸びたはずなのに、彼女が僕から見てまだ低いのは、僕の身長もそれなりに伸びたからなのだろう。
その身長の伸びは、彼女とその兄と出会ってから相当の時間が経過していることを暗に示している。
今更ながら、そんな彼女とクリスマスの街を歩いて、東京タワーを眺めていることに少し不思議な感じを覚えた。
無意識のうちに、僕は彼女の少し後ろでカメラを構え、その不思議さを切り取るように、画面のなかに東京タワーと彼女を収めてシャッターを切った。
ボタンひとつで、その瞬間のすべての出来事が静止して、切り取られてしまう、やはり不思議で鮮やかな世界。
彼女がシャッター音に気付いて、僕の方を振り向いた。
「いいの撮れたー?」
彼女がまた満面の笑顔で僕に言う。
僕は、笑顔で、彼女に向かって親指を立てて、こう言った。
「…試し撮りにしては、もったいないくらいだよ」