小さな小さな部屋の中。なにもないその部屋に1人の男の子がポツリと座っています。
その真っ暗な部屋を照らすのは、窓から見える真ん丸の月の電球だけでした。
自分のことが好きになれない彼は、いつもどうしてだろうと考えこみます。そして、そうだ!っと気づくと陽気になって毎晩月とワルツを踊るのでした。
しかし、どんなに挑戦しても、毎日彼は失敗し、反省しながら帰ってくるのです。それがいったいいつから続いているのか彼にはもうわかりません。
幾重にも重なる天体の舞踏会、その片隅で1人未熟なステップを踏み続ける彼をじっと、見続けているものがありました。
それは、あの月だったのです。
月の鏡が彼の心を写し出しいつも傍らで見守っているのでした。
けれども、そんな月の明るさを彼は嫌になる時がありました。落ち込んでいるときに明るく照らす月のシャンデリアはあまりにも美しく、今の自分を惨めにさせているのだと思い込んでしまったのです。
そんなある日、一人の老婆が現れ彼に言いました。
『そんなに塞ぎ混んでどうしたんだい。もっと外の世界で笑っておいで』
自分のことが嫌いな彼は、どうしても人前で自分らしくいることができませんでした。それどころか、人前では明るく振る舞い、いかにも自分のことが大好きだと周りが勘違いしてしまうほど、彼は明るく振る舞い続けていました。
『僕は何をやってもうまくいかないし、誰も相手にしてくれない。それでも、みんなといるのは好きなんだ。一緒に遊べたらなー。って思うよ。』と彼は言いました
それを聞いて老婆はニタッと薄くて暗い笑みを浮かべると『そうかい、そうかい、それならこれをお前にあげよう。誰でも人気者になれる仮面があるんだ。これをつけていればもう何も隠さなくていいんだよ?』とキラリと淡く光る仮面を彼に渡しました。
『本当に!?』彼はもう大喜びでした。そして、老婆は続けて言いました。
『気に入ったかい?じゃあ、その代わりにお前のいらないものを私がもらってもいいかい?』
すると彼は『いらないもの??いらないものなら何でもあげるよ!(いらないものなんてもらってどうするんだろう、変なの。)』と言ったかと思うとそのまま皆のところに一目散にかけていきました。
その道中、彼の横をつかず離れずついてきて彼をいつものように照らしてくれている光に彼は気付きませんでした。
そんなことは露知らず、道化の仮面をつけた彼は星空のステージの真ん中であの未熟なステップを踏みました。ペタン、ペタン、ステン。相変わらず失敗ばかりの彼はクタンっと頭を垂れて、その場にへたり混んでしまいました。
そのときです!ワーっと歓声が上がると大きな笑い声が彼の額を打ちました。その笑い声はいつも聞くものとは違い、彼が毎晩のように窓からみては恋い焦がれていた月の周りを照らす星空の瞬きそのものでした。もうそのあとのことは言うまでもありません。彼は生まれて初めて、人に好かれるということを知ったのです。
『あー、楽しかった。この仮面をしていたらみんな僕だってわからないし、なんだって思い切りできちゃうんだ。へへーん、どうだいお月様、君にも僕の姿を見せてあげたかったよ』
もう彼は嬉しさのあまり、部屋の周りを走り回りました。そして、彼は月に別れのキッスをしたのです。
クタッとその場に横になり眠ってしまった彼をいつものように照らす月。
彼の進む先も、ダンスも同じように照してくれていた月のことを彼は知りません。
ああ、嬉しそうに眠る彼の顔、その道化の化粧を。その仮面を。もう二度と外すことができないことを彼はまだ知りませんでした。
~続く~