その突起物が背中の真ん中やや右寄りに現れたのは10年程前だと思う。
もっと前からソコにいたのかもしれないけれど、自分が気付いたのはその位の筈だ。
背中にあるので、あまり見る事はなかったのだけれども、何度か鏡を使って確認したと思う。
当初はまだそれほど大きくもなく、若々しい弾力を持った突起物だった。
年を追うにつれて、成長している様だった。
背もたれのある椅子に座る時なんかには違和感を感じ、ちょっと邪魔な様にも感じたりした。
温泉に入る時なんかも、少し恥ずかしい気もした。
健康診断の時には、悪性のものではないだろうが、邪魔だったら切ってもらいなさい、と言われた。
カミさんは自分が切ると言った。
でも、その突起物がそこに出てきたのには、なにかしら理由があっての事だと思ったりもして、医者にもカミさんにも切らせずにいた。
また大きくなった、と言うより垂れてきた。
若かった頃は、その根本も太くしっかりしていた様に思うけど、今は細い血管と、それを包む僅かな皮膚でつり下げられている様だ。
ツヤツヤだったその表面も、シワシワになってしまった。
”そんなのぶらさげていてもしょうがないでしょう” と、医者に言われた。
切られた。
銀色のトレイに置かれたその年老いた突起物は、少し美味しそうでもあった。
その後、一応検査するからと、透明な液体の入った小さな瓶に移された。
それがその突起物との別れだった。
久しぶりにニジマスとヤマメを釣った。
帰り道に見た満月と山の風景は花札の絵柄そのままだった。
沢にも行った。
雪が少し残っていた。
クサソテツが群生していた。
青いイノシシを見た。青く見えた。
たてがみが立派で、なるほど、ブタの先祖のくせに”シシ”というのはこういう理由か、と思ったほど精悍な姿だった。
が、”シシ”と言うのは獅子のことではなく古語で肉の意であることを後から知った。
シカのことも単に”シシ”、または”カノシシ”と言ったらしい。
しかも”カ”は皮の事であり、つまりシカと言うのは”肉と皮”の意であることも知った。
ついでに、”シカト”も十月の札の絵柄から出来た言葉らしい。
イワナは下を見ていた。
何匹か、毛鉤に戯れ付くのもいたけれど、釣れないまま毛鉤を失くした。
でも、大きな滝まで行って見た。
相変わらず、コッチも、やってます。