ブログが続かない・・・まっいっか。

 

 

1月中にやっとモンペリエの移民(OFFI)へ行って、フランス語のテストと面接を受けた。これで、とりあえずはビザの手続きは終わりかと思ってたら、2日丸まる使ってフランスの国についての講習をみっちりうけなあかんらしい。もちろん、フランス語で。すべてを理解できる気がしないわ・・・

 

 

テストの結果は、1番低いレベルのA1はクリアしたけん、強制でフランス語の授業を受けんでもええんやけど、任意でA2の授業を受けることができるのさ。無料で。

 

なんで、A2の授業を受ける事にした。ほんでこの前、アヴィニョンの教室にA2のレベルテストも受けに行ってきた。

 

うちの家の近くにあるフランス語教室(ボランティアでやってくれている所)も1年近く通ってるんやけど・・・

 

何が言いたいかというと、日本人とは全く知り合わないが、フランスに移住してきたフランス人以外の人と話す機会が最近、多々あったのね。ほんで、初めて話した国籍の人で、アフガニスタン、ポーランド、ルーマニアとかアフガニスタンはもちろん・・・戦争・・・のイメージしかなかったけど、とりあえずなんも知らんふりして「アフガニスタンはなにがあるんだい?」って聞いたら「戦争(笑)」って笑って言ってたよ・・・彼は見た目がアジア人でめっちゃいい人。日本のテクノロジーは1番だよ!とかめっちゃゆってくれてた。家族はパキスタンに亡命してるみたい。

 なんだか、平和な日本からフランス人のダーリンと結婚するために来ました♡っていう理由が申し訳なく感じてしまった。

 

ポーランドやルーマニアは、今は大丈夫だけど、昔は政治の圧力がすごくて国外にでれなかったり、ポーランド人の人は、ドイツの壁が壊されてすぐフランスに来たらしい。当時はほんまに大変だったらしい。ちなみに、弟は産まれてすぐ養子に出さざるをえなかったみたい。

 

後、うちの旦那の同僚でベネズエラの人がいて、ベネズエラの政治が崩壊するまでは普通に良い仕事をしてたらしいが、国がめちゃくちゃになってから、娘達がいるアメリカに渡ったけど英語の習得が難しく、同じ言語のスペイン語を話すスペインに渡ってビザも取れたけど、給料が安すぎて、フランスに来たみたい。まだ、フランス語がまだまだで仕事するのも大変らしい。ほんで、稼いだお金はベネズエラにいる奥さんや家族に送っているらしい。泣ける。

 泣けるとか同情されるのなんて嫌かもしれんが、そこらへんの感情は体験した事ない奴になんかわかるわけもないけん、余計な事は言わんようにしつつ、でもわかろうと努力をしていこうと、複雑なざわざわちくちくした気持ちが起こる日々でして・・・かくかくしかじか

 

それにしても、社会科が大嫌いすぎて、今になってもっと勉強しとけば良かったと思った。フランス語のJ先生が歴史に詳しすぎてめっちゃ勉強になる。ほんで日本人特有の常に相槌を打ってしまう聞き方をするため、先生のご機嫌が良くなり(笑)永遠に世界史の話をフランス語でされる時があり、さすがに頭が爆発しそうになった。

 

後、面白い事に英語が母国語の人に知り合わない。きっと英語圏の人は英語圏に行くんやろねー。まぁ都会の方はおるだろうけど。南仏にいるならフランス語はもちろんやけど、次はスペイン語が話せた方がお得やね。