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10月9日の朝方
茶トラが急逝しました。




原因は不明ですが
私の母の腕の中で眠っていて
そのまま亡くなったそうです。




病気もしたことがなく
亡くなる直前までご飯を食べて
走り回っていたそうで
急な心臓発作かそういう類のもの
だったんだろうと思われます。




もうすぐ6歳でした。
人間でいうと40歳くらいです。




私のアレルギー検査の結果が
来月わかることになっていて
その結果が出たら実家から引き取って
一緒に暮らしたいと思っていました。



ずっとアパートやマンション暮らしで
構造上外を見ることもできず
実家でも犬がいるので
決められた部屋からほとんど出せず
窮屈な思いをさせてきて



やっと大きい家で
好きなだけ動き回って
外を眺めさせてあげられる
と思っていたのに
それは叶いませんでした。





アレルギー検査なんて
結果がどうであろうが
結局猫は飼うつもりだったんだし

早く連れて帰って来ればよかった
と後悔しかありません。




連れて帰ってきたところで
この日は避けられなかったかも
しれませんがそれでも
茶トラとキジトラにとって
きっと住みやすいはずだったこの家で
少しでも一緒にいたかったです。




最後まで面倒を見るつもりで
それなりの覚悟をして拾ったのに
結局私は近くにいられませんでした。



引越しばかりしてたし
結婚したり子どもが産まれたりして
環境がどんどん変わっていったし
今回なんか半年も
実家に預けっぱなしにして

私がストレスをかけすぎたせいで
寿命が縮まってしまったのかなとか




それともやっぱり
最初に頭を怪我してた影響が
どこかに残っていて

あの時の獣医さんが
「いつどうなってもおかしくない」
と言っていたのが
6年近く経った今だったのかなとか




もっと気をつけて見ていれば
なにか兆候があったのかなとか



考えたらキリがなくて
でもどうやってももう
取り返しはつかないんですよね。




命っていうのはそういうもので
だからこそ一日一日を
大事にしなきゃいけないんだと
わかっていたつもりだったのに

まさかこんなに早く
お別れすることになるとは
考えてもいなくて

もう少し待って
もう少し待ってと言い続け
結局間に合わなかった


それがただただ悲しいです。






茶トラは自宅の庭に埋葬し
金木犀の苗木を植えました。



なんの償いにもならないけど
毎年茶トラと同じ
オレンジ色になるように
大事に育てようと思います。




茶トラと一緒にキジトラも引き取り
やっと一緒に暮らし始めました。

こんな形で家族がそろうのは
望んでいなかったですが
お兄ちゃん大好きだったキジトラが
寂しくないようできるだけ
一緒にいてあげなくてはと思います。





こんな話は嫌な方もいるでしょうし
こんな話までブログに書くなんて
不謹慎と思われる方もいると思いますが

茶トラの話を読んでくださった方
今後の茶トラとキジトラの話を
待ってくださっている方

そういう方達に
きちんと説明しないのは
いけないと思いましたので
ご報告させていただきました。



ブログ復帰したばかりで
またしてもこんな
しかも最悪と言っていいほど
よくない話になってしまい

読んでくださってる皆様にも
申し訳なく思っています。




その上でのお願いなのですが
ブログでは当分の間
いつか書こうと思っていた
茶トラの話の続きやキジトラの話
猫と娘の話などを書いて
いきたいと思っています。



追悼という意味ではないんですが
この先茶トラがいないということは
きっと忘れないようにしていても
少しずつ茶トラとの思い出を
忘れていくということで

そうなる前にできるだけ
書き残しておきたいと思うんです。



完全に私の自己満でしかないですが
もしよかったらでいいので
お涙頂戴だと思わず明るい気持ちで
茶トラがいた頃の話に
お付き合いいただければと思います。




そして飼い主として未熟だった私が
こんなこと言っては図々しいですが

茶トラがゆっくり眠れるよう
一緒に祈ってくだされば幸いです。






天国では痛いことも怖いこともなく
安心して過ごせますように。











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