河童忌にあなたへ贈る詩 | 曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

元『BURST』、『BURST HIGH』編集長の曽根賢(Pissken)のコラム

[鬼子母神日記]


「マリーの夢」
佐藤ブライアン勝彦●作品
(1995 Acrylic on board)


●37歳の私(曽根)は、この絵を見てひとめぼれした。52歳の誕生日に、ここへ紹介できることを光栄と思う。




7月23日(土)鬼子母神は小雨。

起床、昼の1時。
布団を上げると、ちいさな紙切れが畳に落ちた。
手にとって見ると、ボールペンで、4人の女名が書かれてある。
隣室の漫画家、兵庫くんの字だった。

ひめ川ゆうな
向井 藍
天衣 萌香
白石 まりな

昨夜観た、今の「マニアックAV女優」のベスト4なのだろう。
「AV女優マスター」を我らから称号された、デザイナーの有山くんが紹介し、3人で選んだAV女優たちか。
(夕べ遊びに来てくれた有山くんは、元「平和出版」同僚。5歳下。現在独身)

けど、私の部屋にネットは繋がっておらず、「Xビデオ」を見ることはできない。
(昨夜はいつものように兵庫くんから借りたワイファイで観たのだ)

躊躇しながら、メモを屑籠にすてる。
歯を磨き、顔を洗い、ひげを当たる。
それから畳に寝転がり、昨夜有山くんが買ってくれたジャック・ダニエルのソーダ割りを呑みながら、先日の続きの本を読む――。


――午後5時。
ザ・ビートルズのアルバム『リボルバー』、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、『ホワイト・アルバム』、『アビイ・ロード』のレコーディング・エンジニアであるジェフ・エメリック(聞き書きハワード・マッセイ)の本を読了。

(邦題『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実――Here,There and Everywhere MY LIFE RECORDING THE MUSIC OF THE BEATLES』序文エルヴィス・コステロ/奥田祐士訳/河出書房新社刊――厚さざっと6センチ)

読んで感動したのは、シングル「シー・ラブズ・ユー」の録音時に、EMIスタジオに百人もの〈ビートルマニア〉の女の子たちが殺到し、ビル内は大混乱だったというくだりだ。
(ビートルズの録音スタジオ内に1人が突入し白眼でリンゴへ突進。付き人にタックルされ退場)

その最中に、笑いながら「ファブ4」は演奏した。
(ビートルマニアは職員の髪までひっつかんで狂奔した。カツラでメンバーが変装しているかもしれないと思い)
ジェフは言う。
「だから、シー・ラブズ・ユーの演奏は、ビートルズ史上、最高にホットなんだ」と。

ようやく納得。
あの狂乱の魔術は、そういう状況から生み出されたもんだったのだ。
あなたも、もう1度聴いてみればいい。
「シー・ラブズ・ユー」を。
リンゴの最初のドラムからの、奔(はし)りの凄さよ。

(むかし『BURST HIGH』誌上にて、ロック・シングル100選特集をしたとき、私の1位は「シー・ラブズ・ユー」だった。ちなみにアルバムは『リボルバー』が好き。携帯の着信メロディーが「レイン」だったこともある。2位はたしかストーンズの「悪魔を憐れむ歌」。3位はピストルズ「ホリディ・イン・ザ・サン」だったような。別に嘘ではないが、他の選者4人――釣崎清隆・アイカワタケシ・清野栄一、モブ・ノリオの諸氏が、やたらマニアックな曲を並べたため、わざとベタな曲選をした気味がある。まあ、私は編集長だったのだし。ちなみにちなみに初期ビートルズのポールの1番は「キャント・バイ・ミー・ラブ」だ)


昨夜と今夜、雑司が谷鬼子母神は「盆踊り」だ。
どうしよう。
酔払いすぎて、とても外へ出ていく気力がない。
校了したシングル小説のB面「ものもらいの数珠」に、8字の文字抜けが見つけ、慌てて、編集・横戸へメールする。

そして、布団を敷き、倒れた。
その前に、詩を完成させたはずだ。
ところで、いつも思うのだが、ジョン・レノンって、男前だったのだろうか?



7月24日(日)鬼子母神は晴れのち曇り(涼しい)。

午前10時起床。
歯を磨き、洗顔し、ヒゲをあたる。
終えて、網戸を開け、午前の日に顔をさらす。
「52歳かあ」
今日は私の誕生日であり「河童忌」だ。

顔をしかめ、ほぼ無意識に近いルーティンで、小指の爪で、小鼻の脂をしごいた。
そして一瞬、爪を嗅ぎ、ティッシュで小指をぬぐう。

その爪についた脂に「チーズ臭」を嗅いだなら、私の内臓はまさに腐りかけており、臭いの濃さによって、膵炎の発症を恐れる。
その振舞いは5年半ほど前からの癖だ。
最初の「アルコール性重症膵炎」で入院してからすぐからだ。

我ながら気色の悪い癖だが、最早こればっかりはこの先も止められそうにない。
その臭いの度合いが、如実に体調の悪さを教えるからだ。
私は楽しく生きたい。

1日に2度3度、意識的に嗅ぐときもある。
ひどい二日酔いや、締切直前の原稿を前にしたときだ。
嗅ぐ際、先にティッシュで、爪の脂をぬぐう場合もある。
するとより、空気を含んだ発酵臭が、花開くように明晰となる。
虫を喰う大型の植物は、タンパク質が腐ったような匂いで虫を誘うというが、こんな臭いなのかもしれない、と思う。

私は山羊の硬いチーズが好きだが、小鼻の脂の発酵臭は、もっとネットリとした、羊のクリーム系チーズの臭いに近い。
脂の色は一見透明だが、ティッシュでぬぐうと、鶏の脂のような黄みがかった染みとなる。

体調が悪いほど、脂の臭いと黄みは強くなる。
体調が良くなると――以前なら1週間ほど禁酒すると、小鼻の脂はあっけなく無臭となり、ぬぐった染みも黄みが失せている。
その状態なら以後、酒を呑んでも、深酒をしなければ、やはり無臭のままだ。

それに気付いたのは、最初の「アルコール性重症膵炎」で入院してから、2度目の同病で入院するまでの、半年間の初期のことだったと記憶する。
(結局、私は2年間に3度入院するはめになる――最初の入院以後、飲酒をひかえ、薬を飲んでいたにもかかわらずだ。しかし、薬はもう4年飲んでいない。むろん飲酒を止めてもいない)

そんな真似を毎日、つまり小鼻の脂を嗅いでいたのを、暮らしていた前の女も知らないだろう。
いや、その姿を目撃し、はっきり私を棄てる決心がついたのかもしれない。
それは「男女の別れ」の決定的な理由となるはずだ。
さぞや「不潔な光景」に違いない。
私だって、他人のそんな様を見たらおぞけをふるう。

しかし、小鼻の脂の発酵臭を、私はやや恐れつつも、心底臭いと思ったことはない。
いや、それどころか、その臭いを嗅ぐのは、まさに病みつきといった妙だ。
そのあきらかに病んだ異臭は、私のからだが示す危険信号であるが、腐りかけの「旨そうな内臓」の放つ香りでもある。

まさか食欲を起こすわけもないが、我が身への愛しさを嗅ぐたびに感じさせ、私もまた平凡な「ナルシスト」だと納得させる。
(世には自分の排泄物にさえ愛着を持ち、その「つるつる」とした表面をなでる人間もいる――詩人の金子光晴がそうだった)

むろん、誰かに嗅がせたいなどとは思わない。
さすがに私はそれほどのナルシストじゃない。
が、これから先、私とくちづけする女が現れないとも限らない。
そのとき私は泥酔しているだろう。
シラフで最初のくちづけを交わしたことは、かつて一度もなかった。

くちづけの瞬間は、酒と煙草の臭いしか女は嗅がないかもしれない。
しかし1秒後、その発酵臭を女は鼻にするだろう。
そして愕然とするだろう。
たったいま抱いている男が、生きたまま内臓を腐らせていることに気づいて。


――年ほど前に、「からみ」の撮影したモデルは、当日「妊娠している」ことを告げた。
(これは「妊婦企画」でなければ御法度だ)
撮影場所の、当時私が女と暮らしていたマンションの風呂に浸かることを嫌がって、彼女は告白したのだった。
(風呂は撮影前に掃除してあった。私の女には内緒で)

「じゃあ、シャワー浴びるとこにしよう」と、私はカメラを構えたが、未だに覚えているのは「心外だ」と思ったからだったろう。
でも、もちろん彼女の告白を「ありがたい」とも思ったのだ。
知らずに「無理」をしたら大変だ。


眼のくりっとした彼女は、まさに業界的に「妹っぽい」幼く可愛い面立ちをしていた。
(むろん「宣材写真」で選んだのは私だ)
私服の、ワンピースも上下の下着の色模様も、彼女の「男を知らぬような」白い肌に映えていた。

彼女は「企画系」だったから、たいがいのことなら「何をしてもいい」女だったが、さすがに「妊娠している女」には手が引く。
結局、さわりもしなかった。
20代のエロ本編集者(&男優)のころ、同僚たちから「鬼畜」と称号された私が。


撮影後、お互いようやく気持ちがほどけ(他に後輩スタッフがアシストしていたが)色々話をした。
いつも女と寝ている布団に2人で横になって。
アシストの後輩は忙しいからと編集部へ帰った。

彼女曰く――。

わたしは「セックス」しないと男がわからない。
その体臭を嗅がないとわからない。
その人格と未来と相性がわからない。

14歳の初恋でも、まず自分から誘ってセックスしてみた。
それからずっと、気になった男と会うたび、セックスをして、匂いを嗅いで「さがして」きた。
今の夫は、最初のセックスの、最初のキスで「このひとと結婚しよう」と思った。
その口臭さへ愛おしかった。
ようやく「さがして」きたひとに出会えたと思った。

今日が最後の撮影。
昨日でSMクラブも辞めた。
わたしはルックスがこうだから「M女」をしてきて、けっこう人気もあった。
浣腸されて「うんこ」するだけで、4万円もらえるんだから楽だったけど、ようやく「匂いがこれぞ」という男と出会ったので、止めようと「一瞬」で決めた。

彼は自分が、わたしの最初の男だと信じている。
わたしが可愛くて、毎夜あそこを1時間も舐め続ける。
生理のときは、じっと我慢しているのがわかる――。


――年前たまたま、テレビの人物紹介番組で、妻としての彼女を見た。
彼女の腰にまとわりつくように子どもがおり(私が撮影していたときお腹にいた子だろう)、腕は赤ん坊を抱え、その腹は臨月の脹らみだった。

夫は成功し、家族の笑顔は明るく、その部屋は健康だった。
彼女の嗅覚は、正しかった。
だてに14歳から23歳までに、200人近い男を嗅いできたわけじゃない。
そのうちの1人に私もいるのだが――。

女の嗅覚は、男の内臓の不健康さを嗅ぎ当てる。
その精神の不健康さも嗅ぎ当てる。
52歳になった今日、これを書きながら、もう1度、小指で小鼻をしごいて嗅いでみる。

なぜか今日は無臭だ。
「まだ、呑めるな」
で、今、呑んでいる。
誰か(おそらくあいつか)、私に声をかけず、黙って廊下に置いていった酒を。
(越後「鶴亀」純米酒――それとハイライト1箱、わかば2箱。誕生日だからハイライトを吸っている)


52歳の誕生日の男より、あなたへ詩を贈ろう。
昨日、ようやく完成した詩だ。
こんなもんでも、2年かかった。
(今月号のコアマガジン発行『ホット・ミルク』には、以下の詩の初出が載っている)

おやすみなさい。
読んでくれてありがとう。
今夜は月が輝くはずだ。
よい夢を。





「おれたちが波にさらわれる夜」


おれの計画が頓挫した夜
月が高く昇るのを見た

おれの罪が露見した夜
月が高く昇るのを見た

勾玉(まがたま)を乳房で温める女よ
呪いを司(つかさど)る 唇をむすんだおまえよ

おれたちが波にさらわれる夜
月はもっとも高くのぼるだろう














P.S.
以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――10,000円)
※宅配便着払い

●原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と5,000円ほどで)

●pissken420@gmail.com


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7インチ・レコードと同じ体裁の小説集(A面「八重桜」/B面「熱海にて」)定価1,600円


●本作の購入は、これからしばらく、曽根のメール(pissken420@gmail.com)へ直にお申込みください。
(ただし、毎日メールチェックが出来ないため、お返事が数日遅れることをご了承ください)


●以下の「ディスクユニオン」の店舗で発売中。
御茶ノ水駅前店/新宿パンクマーケット/渋谷パンク・ヘヴィメタル館/下北沢店/通販センター
●中野ブロードウェイ「タコシェ」にても発売中です。
●西早稲田「古書現世」にても発売中。

[ユーチューブにてシングル小説A面「八重桜」のPV公開中]
曽根自身が声と手足で出演しています。
※ガレージパンク・バンド「テキサコ・レザーマン」が全面協力!

[ユーチューブにてPISS&KEROのファースト・ライブ放映中]
中野「タコシェ」にてのポエトリー&サウンド5回。


[シングル小説第2弾は、8月発売予定!]
乞うご期待!