ちぇりるの寄せ集め

ちぇりるの寄せ集め

3.11から苦手だった政治にも目を向けるようになりました。
元々は動物と自然とアートが大好きで
地球に生まれて良かったなと感じる日々です

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 「国葬」という言葉を初めて目にした時から、国をあげて弔うべきは中村哲さんではないかとの声を目にする事が多々ありました。ぼくもそのひとりでした。
そんなおり、中村哲さんのドキュメンタリー映画が上映されている事を知り、2度目を観てきました。
医師であったにも関わらず見渡す限り荒涼としたアフガニスタンの砂漠を緑豊かな大地にかえ、多くの人々を救った偉大な人だと知った時から強く尊敬してきましたが、医師としてアフガニスタンに渡り、拠り所の無い多くの人達の声に応え、幾多の困難を乗り越えアフガニスタンの人々と力を合わせ水路を完成させる軌跡の映像がスクリーンいっぱいに展開されると、リアルタイムで自分の瞳に映った光景のような感覚になります。
そんな中、中村哲さんの言葉「不条理と闘い、一矢酬いる」とは何なのか、1度目の鑑賞で心に残った思いでした。
2度目の時、上映前の予告でベトナム戦争で機体の端から端までブクブクと煙幕のように白い煙の尾を引き枯葉剤を撒いて飛ぶ飛行機が映りました。「これが人にする事か…」と一瞬の映像が脳裏に残りました。
スクリーン越しに哲さんとともに、国にも見捨てられたハンセン病の人々、干ばつや経済制裁により飢餓と疫病に絶望する人々と過ごしました。哲さんの水路の話を聞きつけ、出稼ぎや傭兵に行った人達が戻ってきて岩を砕き水路を築き、荒廃した砂漠に生命を取り戻して行くのを傍で見て喜びました。「地元で作物を作り生きていける希望」が武器を捨てさせたのです。武力をもって武力を制圧するんだと米国の対テロ戦争に加わる事を「積極的平和」と言っていた安倍元総理とは真逆でした。映画を見終わった道すがら「アフガニスタンはテロリストの国で世界的に制裁を受け、日本は米国と一緒に空爆をしているけど、こんなに生きる事もままならない国でそれでも必死になってる同じ人間になぜ更なる締め付けや機銃掃射ができるのか」という違和感と共にまるで虫を駆逐するかの如く枯葉剤を撒く飛行機の映像が蘇り、ベトナム戦争の練習の為に沖縄の人達をベトナム人に見立てて訓練していた米軍を思い出し、水爆実験の為にわざと島に取り残された島民について語られた米国の原子力委員会議事録の1文を思い出したのです。
「these people are more like us than the mice」ーしかも彼らはネズミより我々人間に近いー……
そして安倍政権下で沖縄のヘリパッド移設が強行された際、動員された大阪の機動隊から発せられた「土人が!」という言葉も思い出したのです。
暴力が正当化される時、差別がついてまわる。見下す時、人は残酷になれる。
アフガニスタンの人々もまた「人以下」という偏見のもと誰かの思惑が大国で共有させられ、空爆も経済制裁も正義ヅラをして力ない貧しい人々に容赦なく決行されているのではないか、という気づきでした。そして人は容易く「誰かは自分より劣っている、劣っている人は正されるべき制裁を受けるべき」という考えにとらわれ易い、その考えは日常的にもたびたび暴力を生みだし繰り返されてきたと感じます。
中村哲さんやその支援者の方々は、国の掲げた対テロという正義の制裁にもゆるがず、報復も望まず、助けを求める命の為にひたむきに希望の灯をともし続けた。人を選別しない、自分の価値観で命に優劣をつけない、知識や認識がもたらす偏見や奢りと闘い、人も食べて安心して暮らす事を望む動物と変わりないのだと忘れないで自然と付き合いながら生きることが本当の積極的平和だと、哲さんはその生涯をもって証明し、私たちの手の中に託してくれたのだ、そう感じたのです。
平和といいながら命が見捨てられる不条理、力を持ちながら命を育むことでなく軍事強化に躍起になり人と人の間に憎しみをもたらす不条理、哲さんが行き渡らせたマルワリードという名の水路が蘇らせたものはその不条理に答えを突きつけて輝く。
残されたぼくらが中村哲さんこそ国葬をと望んでも、哲さんは望まないでしょう。その費用を、力を使うことで救える命を尊重するでしょう。抱いた命がその腕の中で消える事に嘆くお母さん、笑った家族の顔をみて過ごす当たり前を諦めねばならぬお父さん、武器を取らねば生きられない若者、そんな人々がいる限り、その心に灯を灯すことができるのは、今を生きる人なんだ、争ってる暇などないんだ、と教えてくれた気がしました。
とはいえ、こんな素敵なひとを失ったことは悲しく、未だ日本で存在すら知らない方も多いのは残念でなりません。
「荒野に希望の灯をともす」
ひとりでも多くの方に観て頂きたい映画です。上映中の映画館を探してぜひ足を運んで頂けたらと思っています。
哲さんの偉業は決してひとりで叶えたものではなく、沢山の支援者、共感者の方々が日本にいた事もまた希望の灯。
中村哲さんを失ったアフガニスタンは今、更なる大干ばつと経済制裁に苦しめられているそうです。日本政府は中村哲さんから本当の「積極的平和」を学んで行動に移すべきではないでしょうか。