安田弘之先生といっても、もしかしたらピンと来ないかもしれませんが、ドラマ『ショムニ』の原作者の先生といえばわかるはず! 安田先生の代表作『ちひろ』の続編『ちひろさん』が、約13年の歳月を経て、2014年3月13日にに発売されました!

元風俗嬢のちひろさんが海辺の小さな弁当屋で働く、彼女の暮らしぶりが淡々と描かれている漫画、それだけなんですがめちゃくちゃ面白いんです。 そんな“安田弘之”先生に赤鮫が噛みつきました! どうぞ!!






安田先生の著書『気がつけばいつも病み上がり』で毛ジラミについて描かれてたじゃないですか。 実は僕もなったことあるんですよ。
安田弘之先生(以下 安田)――それはそれは(笑)衝撃を受けたでしょ。 お店でうつされた?

はい。 お店だと思います。 いつも指名している女の子がいたんですけど、急にその子の下の毛が無くなってて(笑) 後で考えたら絶対アレだなと。
安田――他の病気じゃなくて良かったですね。


いままで身近で毛ジラミになった人を聞いたことが無かったので嬉しかったです。
安田――うつされたって言わないでしょうしね。


僕が気付いたときにはだいぶ後だったみたいで、もうビッシリだったんですよ!
安田――あーやだやだ(笑)


なんか自分の体に違う生物が住んでると思うとゾワァーとしちゃって。
安田――怖いでしょ、養ってる感が凄いじゃないですか(笑)


先生はそれを事細かく描いてたんで共感しまくれて。
安田―― あれは一番の大ネタですから。


それを一発目に持ってきてたじゃないですか。
安田――だってそれを描きたくて始めた連載ですからね。


自分も毛ジラミのことは隠してたんですけど、だんだんそれがネタにできる歳になってきたんで。
安田――じゃあもういいネタじゃないですか(笑)


あっ、すみません。いきなり話がそれちゃって…。
安田――のんびり行きましょう(笑)


漫画家になったきっかけを教えてください。
安田――実は、やれる仕事が漫画家しか無かったからなんです。


なりたくてなった訳ではないんですか?
安田―― 消去法で最後に漫画家が残っただけなんです。 できないことを諦めてったら意外と道っぽくなってたってだけで。 絵の勉強はしたいけど芸大は無理。 教育学部の美術科になんとかもぐりこんだけど純粋に絵で食べて行くなんて無理。 おとなしく教師の道に進もうにも僕は当時対人恐怖症だったんです。 田舎で学校が小さいから幼・小・中と持ち上がりで来た時は気がついてなかったんですが、高校でまったく知らない人たちとの環境に入った時に「オレ友達作れない上に友達といることが苦痛じゃん!」って気がついて。 友達と遊んでてもそれがストレスで早く1人になりたいとぐったりしてる状態。環境が変わったら何か変わるんじゃないかなと思って大学生活に期待したけど余計にそれがハッキリしただけでした。 さらに病状が悪化して最終的には鬱病みたいになってしまいました。 そんな人間が教師になったらストレスで精神的にやられてしまうでしょうし、そういう人間に物事を教わる子供が何よりかわいそうだなと思うと教師は無いなと。 …じゃあ僕に何が出来るかと考えたときに可能性として残っていたのが漫画家だったという。


逆に難しいような気がするんですけど。
安田――だって漫画家は紙とペンがあれば始められるんですもん。 一番元手がかからない。 コミュ障だから会社勤めは難しいでしょうし、どうやって社会に出て行こうと思った時に必然的に選択肢は無いから漫画を描いてみようと。


絵を描いている時が自分の自己表現だったんですか?
安田――自己表現だと思ったことが無かったんです。 自分を表現するために描くのではなく、売れてる漫画のこういうのが面白い訳だからこれを真似して上手に描けばいいでしょっていう程度の意識で始めたんです。


だいぶ低い意識だったんですね。
安田――今思えば大変レベルが低かったですね(笑) 高校までの勉強は与えられたものに対して決まった答えを出せばいい訳だったんですが、大学に入って一番衝撃を受けたのが、美術の世界の「好きなことをやりなさい」「個性を出しなさい」って世界に初めて触れたことなんです。

高校までは与えられるものを消化するだけですもんね。
安田――うん。 世の中それができればいいんだと思ってたし、それをほめられて生きてきてましたから。 「自分を表現しなさい」っていう言葉の意味がわからないんですよ。 自分が描きたいものって何だろう?って考えてもまったくカラッポなんです。 何も思いつかない。 それに愕然としましたね。 そこで慌てて自分とはなんぞや?個性とはなんぞや?って考え始めたわけです。 漫画に対しても自分が好きな漫画とそっくりなものを上手に描けばいいんだろうぐらいに思ってたんですが、大学の時につげ義春さんとしりあがり寿さんの漫画を読んだ時に自分の中のそういう漫画観がぶち壊されたんですよ。 カルチャーショックでした。


そのお二人との出会いが大きかったんですね。
安田――あの作品に触れてなかったらおそらく漫画家になれていないし、今ここにいませんね。 そこで初めて自分が描きたいテーマ、自分らしい絵柄と技法について真剣に考えました。 漫画だけでなく絵画やイラストなんかから自分の好きな要素を取り入れていって今の絵柄が出来上がったんです。 僕は漫画をボールペンで描いてるんです。 漫画家はつけペンを使わなきゃいけないって思いこんで一生懸命練習はしてたんですが、使いにくいし、自分の好きな線が出せないのに無理に使わなくても良くない?ってある日気がついて…
って。 何の話をしようとしてたんだろ、これ?


始めたきっかけです。
安田――始めたきっかけ?そうそう(笑) 最終的に社会に上手く出ていけない自分に何らかのいい訳が必要だったんです。 それで「漫画家目指します!」って描いて投稿してみたら運良く佳作を貰えたんです。


一発目でですか?
安田―― 一発目で。 で、賞を貰えたので(ひょっとしてほんとにやれるかも?)ってことでとりあえず東京に出てきて。 何年かやってみて、ダメならダメでそのときに考えようと。


東京来ても大変だったんじゃないですか?
安田――大変ですよ! お金が無くて川でハゼ釣って食べたり、バイトを3つか4つくらい転々としたり。


とりあえずの生活で精一杯だったんですね。
安田――そうなんです。 でもそれが実はとても楽しくて(笑) コミュ障の自分が知らない土地でバイトとはいえちゃんと働いて1人でやっていけるんだってことがすごい驚きでしたね。 1人暮らしができてるし、バイト先でなんとかちゃんと輪に入ってやっていけてるし、これが面白くてしょうがないっていうか意外で。


それで満足してしまったんですね。

安田――そうなんです、これで行けるならバイト人生もいいかな?と思ってしまうくらいで。 それで5個目だかの仕事でさすがに正社員になろうと思って入った看板会社の見習い期間中に『ショムニ』が受賞したんですよ。 それで「正社員で応募しといて大変申し訳ないんですけど賞をもらえちゃったんで辞めます」って言いました。 社長さんには申し訳なかったです。 …で、そのまま運良く『ショムニ』で週刊連載が始まったということです。 だから漫画家は結果であって憧れて狙った道じゃないんです。

ドラマ化もされたじゃないですか。
安田――あれが大きかったです。 そうじゃなかったら『ショムニ』はほとんど売れてないんです。 一部の物好きな人たちが変な漫画があるなと注目はしていたらしいんですけど。


あの時の時代にも合ってたんじゃないですか?
安田――色んな意味で無茶苦茶だったんですよ(笑) 僕は連載の中でとにかく目立ちたい一心で。 見たことがない内容、見たことのない変な絵柄の漫画であったことは確かなんですよね。 ただ週刊連載が初めての体験だったんですけど、あまにもキツくて。 ストック無くなってからはほんとに週に一本P16の連続で3,4日でお話考えて2日で原稿上げて倒れて起きたらまたお話考えて…って単行本4巻ぐらいでパニくってる訳です。 しかもアシスタントは何人か雇ってはみたんですが僕のクセの強い絵柄を上手く描かせることは無理でしたから一人でほとんど描くしかなくて。 だから『ショムニ』は一応4巻までは正気保ってるんですけど4巻以降は僕が朦朧として訳わからなくなった状態でヤケクソで描いてますし、読めばそれはよくわかると思います(笑) それ以来、週刊連載は絶対やりたく無いと思いました。


週刊だったら自分の持っている物を出す一方でインプットする余裕が無いんじゃないですか?
安田――まったく無かったです。 何にも入れないでひたすら自分の中から出してるだけで。 もう耐えられなくなってしまいました。


やめてからどうしたんですか?
安田――『ショムニ』は連載が終わって一段落してからドラマの話が来たんです。 漫画の方はごく一部の人たちが面白いかもしれないって目を付けてたような作品であって全然売れてはいない。 それをたまたまテレビのプロデューサーが読んでくれてて、ある緊急事態で急遽ドラマ枠を一つ立ち上げなきゃいけない!って時に紹介してみたら、それが「面白そう」ってことになったらしいです。 そんな感じですから準備期間もなくキャストも慌てて依頼して集めてって大変そうでした。 ただこれが本当に素晴らしい化け方をしたんです。 準備期間がなかったことで考えるよりとにかく作っちゃえ!って空気だったこと、原作が無茶苦茶なのでOL向けドラマの王道鉄則から自由であったことなど、全部の偶然が良いように転ぶとこういう奇跡が起こるんだな~と当時信じられない思いで見てました。 キャラクターイメージは原作からですが、ストーリーは完全にテレビのオリジナルってのも良かったですね。 「なるほど。こう作れば売れたのか!」と勉強になりました(笑)。 当時のドラマとしては異様だったんでしょうね、OLを扱ってるのに恋愛も仕事もメインじゃない。 しかもデカイ脚立担いでるわ、戦隊物みたいな列組んで廊下練り歩くわで男性が見ても子供が見ても老人が見ても面白いと。 ノーマークのダークホースでしかなかったドラマが回を追うごとにどんどん大ブレイクしていく様はもう爽快でしたね。


全員万歳ですね。
安田――全員万歳。 僕も万歳(笑) みんな勘違いしてくれてるんですけど、「ショムニ」って漫画は全然ヒットしてないし、ストーリーの全く違うドラマの方が大ヒットしただけなんですよね。 それよって漫画をよく知らない人には僕はヒット作を生んだ有名漫画家さんってことになってる訳なんです。 「ショムニ」を描いた人って言ったらもう一目置かれてる訳ですよね。そういう人が漫画の方読んだら目が点になりますよ。でもそれからは凄くやりやすくなりましたね。


もっと深い話は後編に!!!

http://ameblo.jp/red-shark1973/entry-11812954716.html





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