プールの女、役人。

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プールサイドに犇めくのは表情のないロボットのような女達。自分もその中に紛れている。順番はない。名前を呼ばれるのを待つだけだが、名前があるのか無いのかさえ分からない。

(次は君 、はい)
無言のまま、女達はプールに飛び込んでいく。そのまま動かない。かなりの数の女達が飛び込んでいくが、溢れることもなくそのままの状態を保っている。死ぬことを強要された女達は一様に感情を失っている表情をしている。
自分も?

例えば大勢の中の一人。ゴミのように扱われて、廃棄されていく。
役人は全く表情を変えず淡々と作業を行っている。もはや、善悪は消滅している。そうなのか?プールに入れて消してしまう事は寧ろ善なのでは。価値観の齟齬。私の身体は無くなっても、私の記憶は残るの?あなたに会ったときのあなたの記憶は?


「透明な湖が目に浮かぶ。底は見える筈なのに光の加減なのか判然としない。私はあなたがこの中にいることを疑っていないので、呼び掛けようとするのだが、全く声が出ない。でも、声が出たところで呼べないことは分かっている。吸い出すしかないのだ。周りにホースがないか確認してみるが、見当たらない。あるのは小さなスコップ。これで少しずつ水を出していけば現れるかもしれない」


白昼夢の中で次々とこだまする役人の声。私は?私の記憶は消えてしまうの?
私が好きなもの、覚えてる?嫌いなものでもいいんだけど。

番号はあるのだろうか?
身体中探してもそれらしいものは何もない。番号さえも与えられていないことに絶望した。これから消えるとしても最後の証位あっても良さそうなのに・・・・。

私は女達を押し退け、叫びながら前に躍り出た。
(君はまだだ!順番を守ってくれ)
役人は仕事が乱れた為、苛立っている。

それには構わず、私は叫びながらプールに向かって飛び込んだ。
水飛沫が抵抗する私の最後の証となった。
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曖昧な日常

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町全体が霞んで見えた。雨が降る前なのか、雨が降った後なのかは判然としない。
きっとこのままあるべき場所に収まるのだろう。

いつの間にか僕はバスに乗っていた。当たり前のように。
バスの中には僕以外誰もいなくて、目的地まで僕のために進んでいるようだった。
山の中を通り過ぎるとぽつりぽつりと家が散在しているのが分かる。
バスが終点まで到着すると当たり前のように僕を降ろしてまた今来た道を戻っていった。こちらから乗る人はいないんだな。

目的の場所までは歩いていける距離にあることは分かっている。
霞の中を歩き続けた。こんな場所にも家があるのか。何だか夢の中に迷いこんだみたいだ。とてもこんな場所に人が住んでいるとは思えない。

(どこに行くんです)家の庭から僕を呼び止める声が聞こえた。
咎める風でもなく、また引き留める感じでもない。
(この先の…)僕は口ごもった。樹海。
(どうです、ご飯でも)僕は断る理由が無いので、そのまま家の中に入っていった。

瀟洒な建物の中は無駄なものが全くなく、かといって寂しい感じは全くしない。
必要な物は揃っている、そんな印象だ。
(こんな場所にも家があるんですね)言った後で失礼な気がしたが、女性は気にした様子はない。
(ここはそういう場所なんです、安心して下さい)
(僕はここに来るべきだったのでしょうか?)
(来るべきだったかもしれないし、そうでないとも言えます。考える必要が無いのです)

極度の緊張と安らぎが交互に作用した為、
僕は放心状態になったようだ。
何もない。何もないことが全ての目的であり真理であるように。
何故僕は樹海を目指していたのだろう。一体どこに向かいたかったのだろう。
記憶は引き剥がされ、剥き出しになっていくようだ。
全てのしがらみから解放されたように、僕は眠りを貪った。
恰も約束され、また全く約束されていない時間の中にいるように。

倒すべき物、者

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日没までにはまだ時間がある。
僕はいつもの道をいつものように歩いていた。

目の前に広がる光景が突然変わった。遠くに巨大な生物が見える。
巨大な生物はネズミの様にも見えるし、恐竜の様にも見える。
現代に恐竜がいるわけ無いなと思ったが、巨大なネズミだっていない。
そんな生物が遠くの町を破壊している。

僕はもう逃げられないと思いながら、必死に方法を探した。
とりあえず壊されていない町まで走り、階段を作ることに決めた。
踏み入れた建物は広く、がらんとしている。何もない。
階段さえあれば。何段も何段も組み立てて伸ばしていく。
もう大丈夫だと思った矢先、絶望感が押し寄せて全ての階段を壊してしまった。
あれだけ苦労したのにあっけないもんだな。僕はがらんどうの中に階段の残骸が散らばっている中に立ち尽くした。

もう一度。壊した残骸を拾い集めて組み立て直して見たが、もう元通りには戻らなかった。
諦めて、駆け出した。それは破壊されている町の方向。
どうしようもない世界を確かめるために。

歩き出した途端、風景が変わった。
何の変哲もない世界。
友達が横にいて一緒に歩いている。
あれ?もとからこんな感じだったかな。
さっきのネズミような恐竜のような生物がオブジェとしておいてある。
あれ?夢だったのか?夢の中のまた夢。

悲しきこころの灯火は消え行く姿を写しだす
君さえいれば癒せし空蝉

突然消えてしまわないように地面を踏みしめながら歩いて行く。
微かな残り香を確かめながら。