やりすぎ限界映画入門

やりすぎ限界映画入門

ダイナマイト・ボンバー・ギャル @ パスタ功次郎

■「やりすぎ限界映画工房」
■「自称 “本物” のエド・ウッド」



『ロッキー4 炎の友情』について
https://ameblo.jp/rocky-balboa-1976/entry-12690408699.html




■『エースをねらえ!』

1979年/日本映画/88分
監督:出崎統
声の出演:高坂真琴/野沢那智/池田昌子/森功至/菅谷政子/納谷悟朗/弥永和子/曽我部和行/豊田真治

■『チャーリーズ・エンジェル』
☆☆☆☆[80]

2019年/アメリカ映画/118分
監督:エリザベス・バンクス
出演:クリステン・スチュワート/ナオミ・スコット/エラ・バリンスカ/パトリック・スチュワート/エリザベス・バンクス/ジャイモン・フンスー/ノア・センティネオ/サム・クラフリン/ジョナサン・タッカー/ナット・ファクソン/クリス・パン/ルイス・ヘラルド・メンデス/ダーヴィット・シュッター/ハンナ・フークストラ/ジャクリン・スミス

■2020年 劇場公開作品 36本目






「また」ただの「鶏」の個人的「好み」の問題でしかないが、「超つまんなかった」。





恐るべき「極限の美」恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「キャメロン・ディアス」の「2000年」『チャーリーズ・エンジェル』を「初めて」リアルタイムで見た時「鶏」は、恐るべき「怖さ」「ショック」「衝撃」にビビって震え上がり大きい方を漏らしたあげく「出るもの全部出て何も出るものがなくなった」。

「2000年」『チャーリーズ・エンジェル』「1作目」の恐るべき「極限の美」恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「キャメロン・ディアス」、恐るべき「極限の美」恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「ドリュー・バリモア」、恐るべき「極限の美」恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「ルーシー・リュー」の、恐るべき “棲息速度域” 「極限の美」に「瞬間」「悩殺」で跪いた。

「絶対ありえない」「超非現実」「超ファンタジー映画」「超バカバカしい」「激嘘」「クソして寝ろ」級「超ノー天気」「超激バカ映画」の恐るべき「怖さ」「ショック」「衝撃」にビビって震え上がり大きい方を漏らしたあげく「出るもの全部出て何も出るものがなくなった」。

「これでもか」まで「超バカバカしい」「超ノー天気」「超激バカ映画」は “本物” 恐るべき「やりすぎ限界映画」だった。

「2000年」という時代は、「この世で作れない映像がない」「神への冒涜」「CG」が、「現代技術」レベルで「完成直前」の時期だった。

「今」はもう「この世で作れない映像がない」ことが「当然」「当り前」で、「もう見飽きた」「誰でも見たことある」「古いもの」に成り果ててしまったが、「2000年」はまだ「ギリギリ」「これどうやって撮ったの!」と、「全世界」が「怖さ」「ショック」「衝撃」にビビって震え上がり「泣きながら」、大きい方を漏らしたあげく「出るもの全部出て何も出るものがなくなった」「完成直前」「最期」の時期だった。

「2005年」『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』「2007年」『ダイ・ハード4.0』くらいで、もはや「現代技術」と同格級「完全完成」し、その後は「もう誰も驚かない」「誰でも見たことある」「古いもの」となって今に到る。



なので「2000年」『チャーリーズ・エンジェル』の「絶対ありえない」「超非現実」な「人間の動き」を、「実写」恐るべき極限のくそリアリズムで “本物” 「現実」の映像にして見せた「怖さ」「ショック」「衝撃」にビビって震え上がり大きい方を漏らしたあげく「出るもの全部出て何も出るものがなくなった」。

あまりの恐るべき「怖さ」「ショック」「衝撃」にビビって震え上がり大きい方を漏らしたあげく「出るもの全部出て何も出るものがなくなった」「鶏」は、「2000年」『チャーリーズ・エンジェル』を映画館に「3回」見に行った。

「2000年」は『M:i-2』と同年。この時「鶏」は『M:i-2』と『チャーリーズ・エンジェル』、「どっちが」「1位」か決められず、「両方」「3回」ずつ映画館に見に行った。

「2000年 第16回 やりすぎ限界映画祭」の話だが、この時「鶏程度の脳みそ」「全開」なので、どっちが「やりすぎ限界パルムドール」か「1本」に決めねばならないという、「勝手な想像」「偏見」「先入観」「思い込み」を「決め込んだ」時期なので、『M:i-2』「やりすぎ限界パルムドール」にしたが、「今」の「信念」「価値観」「倫理観」ならもはや「両方」「同点」「やりすぎ限界パルムドール」受賞「確定」。



「その」「2000年」『チャーリーズ・エンジェル』の「続編映画」「3作目」が、何と「2019年」『チャーリーズ・エンジェル』だった。



『トゥームレイダー ファースト・ミッション』のような「リメイク映画」、「新シリーズ」「1作目」かと、「勝手な想像」で「偏見」「先入観」「思い込み」を「決め込んだ」が、「また」「予備知識完全皆無」、「3作目」だと「何一つ殆ど砂粒ほども知らなかった」の「反省」「懺悔」「償い」。「ショック」「衝撃」で「大きい方垂れ流し」。



…………え、これ「3作目」なの?



「かなり」「依怙贔屓」恐るべき「極限の美」恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「クリステン・スチュワート」だから、「特別」「依怙贔屓」したい気持ちもあったが、「かなり」「依怙贔屓」恐るべき「極限の美」恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「クリステン・スチュワート」以外、「魅力的」恐るべき「極限の美」恐るべき “極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” も「鶏」にはいなかったように見えた。



何で「今」「3作目」を撮らねばならなかったか? その「意味」「理由」を感じれなかった。

「2000年」『チャーリーズ・エンジェル』の恐るべき「怖さ」「ショック」「衝撃」を感じれなかった。

基本「男は絶対見たくない」から、「パトリック・スチュワート」なんか見せないでほしい。



「また」ただの「鶏」の個人的「好み」の問題でしかないが、「かなり」「苦手」。





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