Grace創刊とグレース・ケリー特集の楽屋裏話 | だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

日本からは見えにくい、知られざるニューヨークやニューヨーカーのこと、たまにプライベートなことを書いています。

おはようございます。



前回の記事に関してはたくさんのアドバイスありがとうございます。

いただいたアドバイスひとつひとつをメモしました。

できる限り入手する予定です。

こんなにもみなさんが、真剣にお知恵をくださるという温かさに、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございます。


中でも「花より男子」は、私が見たかったものなので、楽しみです♪


ジブリ・シリーズは、実は、昨年お知り合いになったリンダさんという日本育ちの方が、

英語の字幕をなさっているということで、大変に親近感があります。



ちなみに、うちではテレビは週末しか見ないのですが、

アメリカの番組では、

14歳の普通に生活している女の子が実は有名なロック歌手だというお話の「HanaMontana]と

お母さんとホテル住まいをしている双子の13歳の男の子が繰り広げるホテルでのドタバタを描く [The Suite Life of Zack and Cody]を見ていいことにしています。



さて、今回は、この方について。


グレース・ケリー、
その昔、
裏窓」という映画に登場したグレースの気品ある美しさに魅せられ、
次々と着替えて登場する着こなしに目が釘付けになり、
何度もビデオを巻き戻して、デザイン画をスケッチしたこともありました。



そして、
あの場面、
見るからに苦労を知らない、お嬢さま役のグレースが、
足を骨折して動けない恋人のところを小さなアタッシェケースを持って訪れ、
「今日はここに泊めていただくつもり」
か、なんか言って、そのケースをパカっと開けると
何とも悩ましいオーガンジーか何かの、
透ける羽のような生地のナイトウエアが
ふわっと飛び出すシーン。

あれは、マーク・クロスのオーバーナイト・ラゲッジよ、
とあるデザイナーの方に教えていただき、
「わたしもこんなことしてみたいぞぉ」
とすっかりその気になり、似たようなものを一時探したものでした。





でも、残念ながら当時は、見た目は派手でも、忙殺されているだけのしがない編集者、
そんな小粋なことをする機会はありませんでした。




それから、グレース特有の、あの真珠のネックレスのつけ方アップ


珠の大きさはせいぜい8ミリ、
普通なら鎖骨の上にのせるチョーカーを、
彼女は3つか4つ珠を減らして、喉仏の辺りに巻き付けるのです。
それが何とも可憐な気がして、
わたしも真似してみたのですが、どうしても馴染まない。
これはグレースだから魅力的だったのだ、と思い知らされたこともありました。

さて、世界文化社から先週創刊された雑誌「Grace」では、
グレース・ケリーを偲んで、
モナコまで出かけ、彼女に知遇を得たマダムたちを取材するという企画があります。
それを担当したのが、お知り合いのMちゃんです。
そのMちゃんからある日、ちょっと切羽詰まったメールが来ました。
どうしてもわたしの力を貸してほしいというのです。

               

普段なら、本業が忙しいこともあり、
お断りすることなのですが、
彼女のメールからは、本当に困っていること、有無を言わせないぞ、という迫力がこめられていました。
かつては、自分も似たような立場にいたわたし、
本当に困っているこんなとき、
いとも簡単に断られることがいかにキツイか、はよ~く想像ができます。

そこで、お力になることにしました。
ですが、

その後、思った以上に困難な状況に直面し、

しばらくは何度、お引き受けしたことを後悔したことか。

その内容に関しては次回^^


そして、モナコのレーニエ公とグレース王妃の結婚にまつわる、これまたここだけの極秘のお話に続きます。


これは、ニュース・ソースを明かします。

あの、社交界のテロリスト的コラムニストといわれ、訴訟も恐れず強きと金持ちをアタックするタキ氏が情報ソース。

あっと驚く(少なくともわたしはあっと驚きました^^)お話です。

これも、わたしが知る限りではどこにも書いてないかも。


この続きはCLICK! してどうぞ。


タキ氏は、現在も政治的な記事を積極的に投稿している気骨あるコラムニストです。

60年代、70年代の良きパリ、ロンドン、ニューヨーク事情に通じた、

ギリシャの首相をお祖父さまにもつアテネの富豪の息子さん。

若いときは、エリザベス・テーラーともちょっとつきあってみたり、

イタリア、フィアットの総帥だった、故ジャンニ・エニエッリと親しかったり、

ポロの選手だったり、空手の黒帯だったり、

また、プリンセス・ダイアナともとっても親しくて、

彼女が亡くなる最後の日に、彼女と話した人間でもあるの。

あの有名な上流階級のためのパリの娼館、マダムクロードのお得意さんでもあった、

型破りな点では百点満点の方です^^


そのくせ、オーストリアのプリンセスだった妻、Alexandra Schoenbergとはもう25年も連れ添っているの。

94年には、84フィートのヨット(武士道という名前なの)が何者かに爆破されたりもして、敵も多いのだけど、

ロンドン、ニューヨーク、ギリシャ、そしてサウスハンプトンに家を構え、

人生まだまだ楽しんでらっしゃいます。.