私にとっては生まれて初めての雨の8月6日。





主人が何日も前から少しずつ言葉を慎重に選んで言い回しに悩みながら周りに相談しながら綴っていたblog。






更新する前に電話をくれました。






家族一緒にいられるって幸せなんだね、と。






今年は家族が揃うことはありませんでしたが、平和についてたくさん話した1日でした。






朝、8:15、娘たちとテレビの前で黙祷をしました。





夜は右手に下の娘、左手に上の娘の手を握り






原爆ドーム辺りを歩きました。






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たくさんの話を、上の娘はただただ頷いて聞いてくれました。








私は被曝3世です。





今は亡き私の祖父は、中国出兵の帰り、広島駅で被曝しました。





眼鏡をかけていたので、目の周りと、どこからか飛んできたガラスで背中が傷付きました。





今でも生前、背中を痛そうにしていた姿を覚えています。





祖母はその年、16歳。






呉の広海軍工廠で、戦闘機や銃器の部品を作らなければいけない毎日だったそうです。





そしてその日、遠くの空にきのこ雲を見ました。






でも、やはり、多くを語ってはくれません。






それほど辛い出来事なのです。






私たちはこれから先の世代に必ず伝えていかなければなりません。






上の娘の背中が今年はすっかり頼もしく、大きく見え、嬉しく思いました。






平和を願って。

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