ナッシュビル空港についた時に、
空港の掲示板には「delayed」の文字が幾つか赤字になっていて、
その中に自分たちのフライトを見つけた。
delayed。つまり飛行機が遅れているのだ。

「何時頃に出ますか?」

もう何百回も聞かれているのだろうと思いながら、スタッフが聞いてみる。
空港の係員はものすごく不機嫌で、
ちらっとスタッフを一瞥してから、ほとんど目を合わせようとしない。

分からないでもない。
一日に百回も「何でSEKAI NO OWARIっていう名前にしたんですか?」と
聞かれたら、百一回目は相手の目を見ずに答えるかもしれない。

「分からない。飛行機が着いたら放送するから、それを聞いていて。」

そう言われて、仕方なく私たちは放送を聞きながら、空港で待つことにした。



わたしたちは先月、レコーディングのために、
一週間ほどテネシー州のナッシュビルというところに行った。

ナッシュビルはカントリーミュージックの聖地で、
ダウンタウンにはMusic venue(ライブハウス)がたくさんある。



面白かったのは「カラオケ」だ。

通訳にこれがカラオケだよ、と言われて店の中を覗き込むと、
客席の奥にステージがあり、その真ん中にマイクスタンドが置いてあるのだ。

「えっ……みんなの前で歌うの?」

「そりゃあ、そうだよ」

ええ!そんなのヤダ!はずかしい!

しかしカラオケを楽しむ人は、
お客さんが全くいなくても、気にする様子もなく歌っている。

何となく羨望のまなざしで眺めながら、
わたしたちは幾日かの夜を、ダウンタウンで過ごした。



帰りの飛行機はなかなか出発せず、
予定の出発時刻は5時間を過ぎていた。

搭乗ゲートの椅子は堅く、到底何時間も座っていられないので
わたしたち4人とスタッフ4人の計八人は、
放送を聞きながら柔らかい椅子を探して彷徨っていた。

「俺、寒くて耐えられないよ。」

なかじんはそう言いながら、売店でパーカーを買っていた。
胸に大きく「NASHVILLE」と書かれているその服を着ると、
よりいっそう彼の疲労感は増しているように見えた。



その時だった。

「急いで!搭乗がもう終わりそうなんだ!」

スタッフが焦った様子でわたしたちのことを呼びにきた。

何だって!?

「放送あった?わたしずっと聞いていたよ」

「それが、どうやらあの固い椅子のところにいないと
放送は聞けなかったらしい」

何だそれは!

わたしたちは急いでパスポートと搭乗券の準備をした。
こっちは五時間もこの時を待っていたのだ。
この飛行機に乗らない訳にはいかない。

ただでさえ遅れていて、ピリピリしている搭乗案内のお姉さんに謝りながら、
わたしは搭乗券のバーコードを機械にタッチした。

ピっという音が鳴って安心しながら機内まで歩いていると、
遠くでお姉さんが「速く歩け」というジェスチャーをしている。

「全然、気づ、かなかった、よね。」

すぐ後ろでピっと搭乗券を入れたラブと一緒に、
わたしたちは機内へと小走りした。

「ひど、い、よね。一部でしか、放送、しないなんて」

わたしたちは口々に文句を言いながら席へと移動した。



「いやあ、ギリギリセーフだったね」

「これで乗れなかったら最悪の気分だよね」

わたしが笑いながら愚痴をこぼすと、
後ろの席にいるラブの顔が固まっていた。

ラブの焦点がぴったりと何かに定まっている。

(な…なんだ……なにを見ているんだ……??)

わたしは恐ろしくなって、おそるおそる彼が見ている方向を見ると、
ラブの声が弱々しく響いた。

「ねえサオリさん……何か、扉が閉まった気がするんだけど……」



その瞬間、飛行機はわたしとラブだけを乗せて、飛び立った。

「ひ…ヒィ!動いてる!」

情けない声を出している二人のことなんか全然気にしていない、みたいな感じで
飛行機はぐんぐん地面から距離を離していった。



受信メール

送信者:なかじん

俺たちがパスポートを出したら、「もうダメ。出発する。」と言われて
「いや、今行った二人と一緒のグループなんだよ。乗せてくれ。」と
言っているうちに飛行機が飛んで行った。

もう飛行機がなくて、俺たちは今日空港に泊まることになった。
シカゴのトランジット(乗り換え)も二人だけだけど、
頑張って東京に帰ってね。また明日。



彼らは次の日の夕方に東京に帰ってきた。
ぐったりとして、あまり多くを話さなかったけれど
一晩中空港にいた彼らは、ある種ハイになっているようにも見えた。

なかじんと深瀬は、戦友のようにその夜のことを語った。



東京に帰ってきてから、思うことはたくさんある。

刺激的で楽しかったアメリカでの一週間。
もちろん、また行きたい。

でも、日本は最高の国だと思った。

ただいま我が故郷……