川嶋未来(SIGH)のブログ

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 ブラックメタルやゴシックメタルというジャンルにおいて、今でこそシンセサイザーというのは当たり前に使用される楽器になっている。だが、シンセサイザーという楽器、決してヘヴィメタルという世界、特にエクストリームメタルにおいては手放しに歓迎されてきたわけではないどころか、むしろファンの反感を買う原因にすらなりうるものであった。有名なところでは、86年に発表されたJudas Priestの"Turbo"。ギターシンセを多用し、多くのコアなプリーストファンが怒りを表明した。ドイツのRageは90年の"Reflections of a Shadow"ではキーボード類を多用したものの、次作"Trapped!"にはわざわざ"No Keyboard"という表記まで入れる始末。シンセサイザーというのは軟弱さの象徴、メタルのイメージとは正反対。真のメタルファンはそんなものを許容すべきではない!という風潮すらあったのだ。

 ヘヴィメタルの世界ですら軟弱扱いをされたシンセサイザー。80年代のスラッシュメタルにおいては、あくまでベース・ギター・ドラムが基本。シンセサイザーの入る余地などどこにもなかったのだ。だが、シンセ=軟弱という風潮は、おそらくは80年代特有のものではないだろうか。さらに時代を遡れば、ハモンドオルガンや他のコンボオルガン、Minimoogに代表されるアナログシンセ、メロトロン、Fender Rhodesなどのエレピと言ったシンセサイザー、キーボード類は、むしろ当時ハードな音楽に分類されていたであろうハードロック、プログレッシヴロックなどに積極的に取り入れられていた。だが、シンセサイザーの多様化が進むにつれ、シンセ=ダンスミュージック、あるいはA-haなどのポップミュージックという先入観が強くなっていく。これらの音楽は、まさにヘヴィメタルの敵、軟弱さの象徴。そんなものを取り入れるなんてけしからん、という風潮が段々と形成されていったのではないか。

 さらにはスラッシュメタルが全盛期を誇っていた80年代中期のシンセは、21世紀になった今となってもヘヴィメタルという音楽には合わせにくいというのもあるような気がする。DX-7を使ってブラックメタルをアレンジしろと言われたら、難しくて仕方がないだろう。なので今日でも主に使われるのはそれ以前のヴィンテージシンセか、ストリングスなど生楽器の代用に耐えうるPCM以降の機材なのだろう。

 では、その禁を破って、エクストリームメタルにシンセサイザーを持ち込んだのは誰なのか。数少ないながら、80年代のスラッシュ作品にもシンセを導入している作品は存在する。一番に挙げるべきはBathoryの"Under the Sign of the Black Mark"だろう。これこそが、シンセはうまく使えばエクストリームメタルの世界においても大きな効果があることを示した作品。すなわち90年代以降のブラックメタルにおけるシンセの使用の嚆矢だ。Quorthonのインタビューなどによると、使われたのはJudas Priestと同じくギターシンセだったようだ。実現はしなかったものの、合唱隊などを導入するプランもあったようで、ストリングス、混声合唱などでエクストリームメタルに荘厳で怖い雰囲気を持ち込むという、現在では当たり前の手法がこの作品において、87年に提示されている。

 その後の影響力という点ではBathoryに大きく劣るかもしれないが、イタリアのBulldozerによる"Neurodeliri"(88年)も、大胆にシンセをスラッシュメタルに導入した数少ない作品の一つ。チャーチオルガンの音色を使用、こちらも現在では定番となっている手法だが、88年の時点では他に類を見ない。

 Bulldozerよりさらに後続への影響力は落ちるが、イギリスのDeliveranceにはぜひ触れておきたい。87年~90年に3枚のアルバムを残しているのだが、とにかく情報が少なく、再評価もさっぱり進んでいない謎のバンド。メンバーの担当楽器にはチェロやシンセがクレジットされ、87年という早い時期に、Bathoryに負けず劣らず90年代のブラックメタルを先取りしているのだが、あまりにもその知名度は低い。

 フロリダのNocturnusは、90年代のデスメタルバンドという印象が強いが、80年代にリリースしたデモの時点ですでにシンセサイザーを大幅に導入している。90年に全盛期のEarache Recordsからデビューアルバム"The Key"を発表しているため、シーンへの影響はBathoryに劣らないかもしれない。

 シンセサイザーではないのだが、いわゆるギター、ベース、ドラム以外の楽器を導入したという点ではCeltic Frostに触れないわけにはいかない。本物のストリングスや管楽器、サンプリングまでを導入した87年の"Into the Pandemonium"こそが、エクストリームメタルに何でもアリという概念を持ち込んだ最初のアルバムと言えるが、すでに85年の"To Mega Therion"の時点でフレンチホルンや女声コーラスを導入しているのが凄い。
 イギリスのWarfareはVenomの弟分、汚いパンク/スラッシュとうい印象の強いバンドかもしれないが、88年の"A Conflict of Hatred"では、本物のバイオリンやサクソフォンを導入している。
 サクソフォンの使用ということであれば、イタリアのDeath SSも89年の"Black Mass"も挙げられるべきだろう。

 エクストリームメタルの祖先を探っていくと、必ずBlack Sabbathに行きつく。Black SabbathはMoogにメロトロン、ピアノにフルートとかなり積極的に様々な楽器を取り入れていた。ところがその後NWOBHMにおいて、スラッシュメタルに直接的な影響を与えたハードな音を出していたバンド群には、シンセの使用というのはあまり多くは見られない。そしてスラッシュメタルの時代になると、シンセを使うなんてご法度、もしくはそんな発想自体出てくるはずもないという風潮になる。それがまたBathoryなどをきっかけにシンセが復権。現在ではシンセサイザーやオーケストラ楽器などはエクストリームメタルでも当たり前の楽器。不思議なものだ。