年末に書こうと思っていたのだが、どうにもやる気が起きず年を越してしまった。年が明けてからのサウジアラビアの情勢は周知の通りであるが、今般の情勢を正確に把握する意味でも2015年のサウジの情勢、特に権力移行、安全保障政策、財政について大雑把に振り返っておくことには価値があると思う。

2015年のサウジアラビアはアブドゥラ前国王の入院で幕を明けた。私の2015年最初のNews Picksへのコメントは次のようなものであった。

「新年早々不安なニュースが入ってきた。アブドゥラ国王の健康不安は以前からわかっていたことだが(チューブをつけながら公務をする姿が見られた)、検査入院となるとXデーが近いことを感じさせる。サウジ王室の王位継承は長子相続ではなく、兄弟間相続であり、未だに初代国王の息子たちで王位継承を行っている。高齢の王族間での相続のため、他の君主国と比べると短期間で国王や皇太子が交代する」。

結局この3週間後の1月23日にアブドゥラ前国王が崩御し、サルマン国王が即位した。アブドゥラ国王の崩御については、「国王の逝く国で」「二人のムハンマド」でも詳しく触れているので一読されたい。サルマン国王即位後、明確な変化が訪れたのは3月25日に始まったイエメン空爆である。イエメン空爆開始以降、サルマン国王は強硬路線を強めてゆくこととなった。

4月29日には皇太子の地位にあったムクリン王子を皇太子から更迭し、自らと同じスデイリ家の系譜に属するムハンマド・ビン・ナーイフ副皇太子を皇太子に昇格させ、息子であるムハンマド・ビン・サルマン王子を副皇太子に据えた。(詳細は「剣と椰子の木~サウジ皇太子交代と内閣改造~」を一読されたい)。ムクリン前皇太子は2014年3月に当時のアブドゥラ国王によって副皇太子に任命され、アブドゥラ国王をして「この人事を覆してはならない」と厳命していた。サルマン国王によるムクリン王子の皇太子解任はアブドゥラ前国王の命令を反故にするものであった。ムクリン皇太子の解任理由としては、母親がイエメン系であり、ムクリン王子自身がイエメン空爆に反対していたとされることとされる。ムクリン王子の皇太子解任、ムハンマド・ビン・ナーイフ王子の皇太子就任(内務大臣を兼務)、ムハンマド・ビン・サルマン王子の副皇太子就任(国防大臣を兼務)により、サルマン国王は権力基盤を強固なものとした。

ムクリン皇太子解任に際して、権力以降を印象付ける写真を撮ることができたので紹介しておきたい。1枚目はムクリン皇太子が解任されてすぐの2015年5月3日の写真である。

royal_family 01


2枚目はその1ヶ月後の2015年6月4日に同じ場所で撮影した写真である。左側に注目するとムクリン前皇太子からムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子に肖像画が差し替えられていることがわかる。

royal_family 02


3枚目の写真は別の場所で2015年6月3日に撮影したものであるが、ムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子の肖像画が追いつかなかったためか、左側には肖像画が掲げられていない。(現在はムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子の肖像画が掲げられている)。

royal_family 03


サルマン国王、ムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子兼第一副首相兼内相、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子兼第二副首相兼国防相の下でイエメン空爆は継続され、主だった成果を挙げぬまま軍事費は拡大の一途を辿った。2015年は当初想定よりも原油価格が下落したことから歳入が減少したが、当初予算において想定していなかったイエメン空爆による戦費がかさんだことで財政赤字が拡大した。

イエメン空爆を遂行する一方で、サウジは5月以降「イスラム国」系組織によるテロ攻撃を数度にわたって受けている。主だったテロは以下の通りである。

①5月22日 東部州カティーフのシーア派モスクでの自爆テロ
②5月29日 東部州ダンマンのシーア派モスクでの自爆テロ
③7月16日 首都リヤド近郊の検問所での自爆テロ
④8月7日 アシール州アブハーの治安部隊基地内モスクでの自爆テロ
⑤10月16日 東部州カティーフのシーア派モスク襲撃

いずれも「イスラム国」系の組織が犯行声明を出しており、①②⑤の事件についてはシーア派を狙ったもの、③④の事件については政府機関を狙ったものである。なお、6月27日には隣国クウェートのシーア派モスクを狙った自爆テロも発生している。「イスラム国」系組織は主に彼ら自身が「異端」と位置づけているシーア派を攻撃の対象としており、この傾向は今後も続くことが予想される。サウジ国内にはシーア派系住民が15%程度存在するとされ、ペルシャ湾岸の東部州やイエメン国境付近に比較的集中しているとされることから、今後もシーア派系住民の多い地域ではテロが頻発する可能性が否定できない。相次ぐテロにより、テロ対策費用もかさんでいるという点にも留意する必要があるだろう。

最後に原油価格の下落と財政赤字についてふれておきたい。2015年1月月間平均価格は47USD/Bであり、6月には59USD/Bまで上昇したものの、年末には37USD/Bまで下落した。いわゆる「地政学リスク」を抱えてはいるものの、現在の需給バランスを考えると近い将来30USD/Bを割り込む可能性は否定できない。

原油価格下落局面にあることから、2015年度の実歳入は6,080億SAR(19兆4,560億円)であり、当初予算の7,150億SAR(22兆8,800億円)から1,070億SAR(3兆4,240億円)、約15%の減少となった。2015年度の歳出見通しは9,750億SAR(31兆2,000億円)であり、当初予算の8,600億SAR(27兆5,200億円)から1,150億SAR(3兆6,800億円)、13%の増加となった。上述の歳入から歳出を差し引くと、3,670億SAR(11兆7,440億円)の財政赤字となっている。当初予算上の赤字額は1,450億SAR(4兆6,400億円)であったので、赤字額が当初予算の2.5倍に膨らんでいる。

2016年度の歳入予想は5,138億SAR(16兆4,416億円)の見通しであり、2015年度の実歳入から942億SAR(3兆144億円)と約15%の歳入減となる。一方で、2016年度の歳出は8,400億SAR(26兆8,800億円)であり、2015年度の歳出見通しよりも200億SAR(6,400億円)の歳出削減が見込まれている。財政赤字は3,262億SAR(10兆4,384億円)となっており、2015年度の実財政赤字からは縮小する形となる。とはいえ、2015年度当初予算からは財政赤字が2.2倍まで膨らむ形となる。(財政状況に関しては「2016年度サウジアラビア予算」を一読されたい)。