(次回スレッドに「韓国外為管理の謎」を投稿する予定。その準備の投稿です。)
 現在、先進国諸国の外国為替市場は変動相場制であり、貿易決済、資本移動、先物取引、投機などの民間の取引によって、為替レートが決定される。しかし、いろいろな要因で、レート変動が起こり、極端な場合は、その国の経済活動に重大な影響を与えることになる。それを安定化させるため政府あるいは中央銀行による為替市場を通して介入が行われる。


大別して下記の様な資金調達で、外貨と自国通貨との交換を行う。
 (a)中央銀行による通貨発行
 (b)債権(借用書)発行による市中からの調達;

   事例、日本政府の政府短期証券
 (c)外国の政府あるいは中央銀行からの外貨借入(スワップ)


(a)の通貨発行は、国内通貨量を増やしインフレに誘導する。(非不胎化政策)
(b)の債券発行による資金調達は、市中より通貨を回収し、為替市場で供給するため、市中の通貨量は変わらない。(不胎化政策)
(c)の借入は、流出する外貨の支払い能力に限界が来たときであり、その国の主権に関わる問題になる。1997年アジア危機、2008年リーマンショック時の韓国がその事例である。


外国為替市場介入をめぐる諸課題
防衛ライン、不胎化・非不胎化政策、外為特会積立金
参議院企画調整室編
(3頁)中段より
 ところで、こうした為替レートはどのように決まるのか。理論上は一般の財・サービスなどと同様、「通貨」の需要と供給のバランスによって決まると考えられている。
 通貨の需給は、
①貿易取引(実需)
②国債・株式などの金融資産の売買
③為替リスクのヘッジ
④為替差益を狙った投機など
から生じる。
 例えば、円ドル市場において、輸出企業が海外取引で得たドル代金の売却、海外投資家による日本国債購入などは円需要(=ドル供給)となり、輸入業者が海外製品を購入するためのドル調達、日本人投資家による海外証券投資は円供給(=ドル需要)となる7。加えて、企業、機関投資家、個人が保有する「ドル建て資産」と「円建て資産」との間の運用シフトも為替レートに影響を与える8。各主体は、各通貨建て資産の間の利回り格差のほか、各国のインフレ率・対外収支などの経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)の(将来)動向を加味し、より有利であろう資産を選択するように行動する。例えば、円の対ドル実質金利高、日本の対米経常黒字の累積は円建て資産の選好要因となり円高圧力になる。なお、各通貨建て資産の収益率の先行きは不確実性が高いため、為替相場は投機をともなうことになる。
 実際の為替市場では、四半期や年次といった中長期的な為替レートの決定においては、経常収支の動向や内外の実質金利差といった経済のファンダメンタルズが重要な役割を果たしているとされる。その一方、日次や月次といった短期の為替レートはほとんどランダムに近い形で変動する。政府要人の発言等で大きく振れることも多く、場合によっては市場の思惑が絡んで、為替レートが乱高下もしくは一本調子で上昇(下降)したり、経済のファンダメンタルズに見合った均衡水準から大きく乖離した水準に定着したりするなど、為替レートが不安定・不均衡な状態となることもある。


(政府の)為替介入の防衛ライン
 以上のような不安定・不均衡な為替レートは、円滑な資金運用・調達を妨げたり、輸出入物価を介して物価が不安定化したりすることによって、自国経済のみならず他国の経済にも深刻な影響を与える可能性がある。このため、不安定・不均衡な為替レートを是正すべく政府による為替介入が行われる。
(以下略)
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h22pdf/20108501.pdf


 政府あるいは中央銀行は、調達した国内通貨と外貨を交換して、変動時にレートを安定させる。蓄積された外貨は将来の為替変動に備える。


市場で取引される外貨
 上記の参議院資料にも記載されているように、2010年4月の1営業日当たりの外国為替取引高は、3123億ドル(下記日銀資料2013年4月3742億ドル)、その2/3は円との取引である。
 2013年4月、1日当たりの円の取引は、約2500億ドルである。財務省統計によれば、この時期(2013年3月末)の日本政府の外貨準備高は約1兆25百億ドル、政府短期証券残高は約115兆円であった。
 仮に政府が全額引き受けるとして5日分の外貨しか持っていないことになる。つまり、国の外貨準備高より民間が保有する外貨の方が遙かに多額である。


2013年9月5日 日本銀行 金融市場局
外国為替およびデリバティブに関する中央銀行サーベイ
https://www.boj.or.jp/statistics/bis/deri/data/deri1304.pdf



 政府の為替介入は、2011年11月(民主党政権、安住淳財務相)を最後としてその後実施されていない。ほぼ約1兆27百億ドルを維持してきた。

財務省「外国為替平衡操作の実施状況」
http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/feio/

統計表一覧(下記のExcelファイル)
http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/feio/data.htm


 その後、安倍政権になり、日銀(黒田総裁)は、アベノミクスの主要政策として量的緩和を行い、市中に大量の資金を投入した。結果として通貨量のバランスが崩れ、為替介入を行わず、大幅な円安(1ドル、80円→120円)に誘導した。(非不胎化)


外貨準備高の運用
 日本の場合、政府が為替介入に使う円資金を政府短期証券(3ヶ月毎の借り換え)を発行して調達している。これは、借金なので利払いが発生する。保有外貨を流動性・償還確実性が高い外国政府の国債・政府機関債、国際機関債、資産担保債券などの債券に投資し、運用して利子収入を得て、利払いや経費に充当する。余剰が出れば積立金に繰り入れるか一般会計に繰り入れる。(外国為替資金特別会計)
 政府の外国為替資金特別会計の資金を使い、政府の指示により日本銀行が為替市場で売買を行い介入する。


前記「参議院企画調整室編」の資料に説明がある。

11頁 図表6 外国為替資金特別会計の歳入歳出

12頁、図表7 外国為替資金特別会計の資産負債、損益の推移

財務省「政府短期証券」
http://www.mof.go.jp/jgbs/publication/debt_management_report/2015/saimu2015-2-5.pdf


 政府短期証券は国債の一部に含まれているが、純負債ではなく資産側に外貨準備高があるので、為替変動がなければ等価であり、一対と見なせば負債(円)でも資産(外貨)でもない。一時、民主党政権時代に、外貨準備高を「埋蔵金」だとして取り崩そうとする動きがあったが、この負債・資産の相殺を理解すれば、埋蔵金という考え方が間違いであることは理解出来るだろう。外貨準備高は誰の資産でもない。

 下表は、政府短期証券と外貨準備高との対比を表したもの。

平成24年6月から平成26年12月にかけて外貨準備高は、ほぼ一定の1兆2700億ドル前後。平成24年9月からの円安により、外為特会に約50兆円の運用益が出て、その1/2が短期証券の償還に使われた。特に、平成25年3月と平成26年12月に16兆円を越える償還を行った。しかし、H27年3月には16.5兆円を借り入れた。(下記財務省国債・・現在高、平成27年3月発表の平成26年12月との増減)
 このように、為替介入しないときの短期証券の増減は為替相場に左右され、国債残高の増減に一喜一憂すべきではない。



 
上表は、下記財務省のデータを書き写し、外貨準備高(ドル)を期末の為替レートで外貨準備高(円)に換算し、政府短期証券(円)と比較したもの。

財務省「外貨準備の状況」統計表
http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/official_reserve_assets/data.htm
財務省「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」統計表
http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/gbb/data.htm


 国債に含まれる「政府短期証券」が外貨準備高に対応する負債であり、為替レート急変と証券償還のタイミングにより短期的に増減するので、下記の様な意味の無い一喜一憂の記事がでる。


日経新聞 2015年2月10日

「国の借金」12月末は1029兆円 国民1人当たり811万円

「ただ、9月末からの3カ月間でみると8兆9945億円減った。政府短期証券の残高減少が寄与した。」

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL10H79_Q5A210C1000000/


 日本の財務省は、外貨準備高の98%以上が外国の証券であると発表している。一方、米国財務省は、米国債の各国(政府+民間)の保有高を発表している。これらの数字を付き合わせてみると日本政府が保有している外国証券は、ほぼ米国債であることが推定できる。(政府は内訳を明らかにしていない)

 米国債は、流動性・償還確実性が最も高い債券であり、ドル売りの状況になれば、容易に取り崩すことが出来る。ロシアや中国が実施してきた。

(下記スレッドに米国債各国保有高の推移を紹介している。)
http://ameblo.jp/study-houkoku/entry-12075175552.html

日本の外貨準備高=米国債の削減は可能か

 2008年に民主党が外貨準備高を半減(GDPの10%)に削減すべきだと提言した。

ロイター 2008年10月2日
外準規模は大きすぎ、GDP比10%まで削減を=大塚・民主金融チーム座長
http://jp.reuters.com/article/forexNews/idJPnTK019426420081002


 民主党の提言に従えば、保有米国債を半分(約5000億ドル)売却しなければならない。果たしてできるのだろうか。

 1997年、故橋本首相がジョークで語った際の騒ぎが江田議員のブログに書かれている。米国にとっては、米国債の売却は恐怖である。そして、日本や中国がそのような行動を起こせば、米国債の信頼が失われ、深刻な金融危機が発生することが目に見えている。


「江田議員ブログより」
 1997年6月24日の朝日新聞夕刊は、その1面で「NY株敏感、192ドル急落」と打ち、以下のような橋本首相(当時)の発言を報道した。デンバーサミット後、ニューヨークに立ち寄った際に、コロンビア大学で行った講演の中での質疑応答だ。
質問者:日本や日本の投資家にとって、米国債を保有し続ける事は損失をこうむる事にならないか。
首相:ここに連邦準備制度理事会やニューヨーク連銀の関係者はいないでしょうね。実は何回か、財務省証券を大幅に売りたいという誘惑にかられた事がある。ミッキー・カンター(元米通商代表)とやりあった時や、米国のみなさんが国際基軸通貨としての価値にあまり関心がなかった時だ。

江田議員の感想
 「デンバーサミットの後、ニューヨークへ。午後、コロンビア大学で講演。この講演での米国債を売る誘惑発言で米国の株式が190ドル下落。加藤財務官がガートナー米財務次官より怒られたということでスッタモンダ。結局、総理の見解を財務官を通じて出す。何とも小役人たちのあわてぶりは目に余る。総理。これで武器ありということ。バーゲニングできることを示した。結果的にはこれは非常に良い結果」
 「総理。これで武器ありということ。バーゲニングできることを示した」は、橋本首相が、騒動のあとに江田にした述懐。「結果的にはこれは非常に良い結果」は江田の感想だ。
http://www.eda-k.net/column/week/2011/07/20110725a.html



 日本や中国が貿易において稼いだ多額の黒字による為替レートの変動に対し、安定化させるため介入した外貨を米国債購入により米国に戻している。米国債が売却できるときは、米国の貿易収支と財政収支の二つの赤字が黒字に転じる時まで待たなければならない。
 
 結論的には、近い将来も含め日本は政府の外貨準備を減らすことができない。


 TPP協定を推進するためのTPA法案審議中やTPA法が成立した現在でも、デトロイトの自動車産業そしてその支援を受ける連邦議員が「為替操作条項」をTPP協定に含めようと画策している。もしそれを交渉国に強要するのであれば、江田議員の言われる「武器」になること、即ち「米国債売却」を実行すれば良い。しかし、それをすれば共に地獄に落ちることになるが。