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“両手の鳴る音は知る 片手の鳴る音はいかに?”  
                          禅の公案


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もしも本当に君がこの話を聞きたいのであれば、ボクがどこの街に行ったとか、どんな経験をしたとかそんなことはどうでも良いんだ。
そんな事を話すのは退屈だし、僕の両親しか興味を示してくれないと思うからだ。
特にただの友達はそんな事には興味を示さないぜ。

僕の友達は大半がテキサス州のサンアントニオ生まれなんだ。
彼らは「俺はヒッピーだ!」なんか言って髪を伸ばしてLOVE & PEACEを気取ってるんだけど、その割には生活に安定を求めるし、嘘ばっかりのテレビの報道番組ばかり観てるんだ。
実際に自分の目で確かめてもいないくせに、平和を語り始めるんだぜ!
チキショウめ!


ヒッピー気取りの奴らよりも、大衆派の女性の方がもっと大変だ。

彼女らはどんな時でも「可愛い!素敵!」と言わないと気が済まないんだ。これには、僕はいつも参っている。
何よりも男の子に好意を持つと、そいつがどんなに下衆な野郎でも凄く優しくて良い人とか言うんだな。反対に嫌いな男だと、どんなに良い奴でも、イケてないだとか退屈だと言うんだな。そいつがセンスのある男でもだぜ!


本当にセンスのある奴っていうのは、周りには理解されにくいかもしれないな。
センスのある奴は常に少数派なんだ。


“歴史は少数派の人間によって創られる。”
ってドイツの昔の悪名高き独裁者が言っていたんだ。彼の行為は反対だが、この意見には感銘を受けたな。
僕の数少ない友達にそれに近い人間がいたんだ。
彼はフランス南部の生まれで、カナダのモントリオールに拠点を移した時に僕は出会ったんだ。
彼の話す言葉はどんな時でも光り輝いているし、何よりもスマートなんだな。
物事の本質も見抜いてるんだ。
こういう奴はセンスのない奴には理解されないんだ。
そもそもセンスのない奴に合わそうとはしない。
かつての仲間達とつるむような事もしない。
常にマイノリティな人間なんだ。
安住の地を求めない性格のせいで、モントリオールを去った。

彼は去る際にボクに、

「おい、タクマ。お前夢はあるか?俺はあるぞ。オーケストラのティンパニーを叩いてる人わかるか?1つの曲の間にティンパニーをたたく機会はたった二回ぐらいしかないんだけど、たたかないときでも決して退屈そうな顔をしないんだ。
そして、いよいよたたくときには、実にうまくきれいな音をだすんだな。 俺はそういう人間になりたい。」

彼は少ない荷物を持ち、林檎をかじりながら南の方角に歩き始めた。
少し歩くと後ろを振り返り、何かを言いたげそうな顔をしたが何も言わずにそのまま歩き始めた。

それ以来、彼とは会ってないし連絡も取り合ってない。


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彼とはモントリオールでいつもチェスをして遊んだ。
彼はチェスの時キングを向こうはじの列から動かそうとしない。
並べておいて、絶対使わない。向こうはじの列にずらっと並んだ格好がすきなんだ。

そして、チェスが終われば彼の愛読書である“ライ麦畑でつかまえて”を読みながら、紅茶の味を楽しむ。

1番印象に残った、チェスの勝負がある。
いつも通りキングを向こうはじの列から動かそうとしない。
彼はキングを見つめながら

「お前は旅というものに興味があるか?俺はここにくる前に沢山の見知らぬ土地に赴いた。そこで、沢山の人達と出会った。良い奴からクソッタレな奴まで。本当に沢山の人達と出会った。たまに、この時の出来事や出会った人達の話をするんだ。すると急に懐かしく思い、今ここに話した人達がいないのが寂しく感じるんだ。 本当だぜ!嘘じゃないんだ!どんなにクソッタレ野郎でもだ。」

僕は理解したのか、してないのか曖昧な返事をした。

その時、彼は僕を遠い景色を見るように目を細めて

「人はいつか死ぬ。だけど、今じゃない。」

僕は少し困惑した顔を浮かべながら

「あまり難しい話は得意ではない。第一にそんな“死”について考えた事はない。第二に僕はまだ若いし、まだ何も成し遂げてないよ。」

すると彼は右手でこめかみの辺りを掻きながら

「お前も含めてみんな“何かしなければならない”と思いすぎている。」

席を立ち、チェスを背にして


「また、思い出に笑われた気がするんだ。」




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                                                END.