「臨床医からの質問 ③」  の続き




8)バルプロ酸ナトリウムと炭酸リチウムの使い分けのコツについて教えてください。



なんかちょっと、長く付き合いたくないような人はバルプロ酸。もっと別な言い方をすると、何か特別な才能があるような人も、バルプロ酸になる場合がありますね。特異な才能、芸術とか。はい。




9)気分安定化薬について

       神田橋先生が以前どこかで話された「友達になりたい人にはリチウム」「精神病に近い感じの人にはCBZ」というのが個人的な臨床の印象にも近く気に入っています。スタビライザーは時間の経過を少しひきのばしてくれて精神療法がしやすくなるという印象を持っていますがいかがでしょうか。



「スタビライザーは時間の経過を少し引きのばしてくれて精神療法がしやすくなるという印象」というのがよくわかんないのだけど、これを質問なさった先生、「時間の経過を少し長くして」というのはどういう感じですか。


S(○○病院) はい、自分は精神療法のトレーニングとして行動療法でだいたいやっているんで、例えば体調の変化であるとか、睡眠時間の変化であるとか、そういったものが全然自覚もできずに動いていたものが、少し会話ができるというんですか。「あなたは、こうなったらこうなるよ」とか言うことができる。そんな感じです。


神田橋  本人が自分に対して余裕が持てるような感じですね。そうなると、こちらも参加して一緒に、「こうだね」とか、「最近、睡眠がだんだん短こうなってきとるがね」とかいうようなことを言う間があるということですね。それは全くそうだと思います。


気分安定化薬である程度、落ち着いてきたときに、すぐに抗うつ剤を上に乗っけるよりは、今、先生がおっしゃったようなやり方でやってみて、できるだけ抗うつ剤や他の薬を乗っけるのを、なんとか少しでもせんですむ方がいい。そういう意味での、日々の生活のあり方を一緒に工夫する精神療法にはとても賛成です。


そしてそのときに束縛がない、自由度が増える、自己裁量の領域が増えるのが大切です。やりかけたことを最後までやり通そうと思うと束縛になりますから、嫌になったら「後はまたいつか気が向いたとき」とか言って放っておいて、別なことをするようにするといい、と言ってあげます。


それから子どもの場合は、「あなたはラジオをつけながら勉強をした方がしやすいか、ラジオなんか消して勉強した方が集中できるか。両方を試してみて、いい方を選んでください」と言うのがいいですよ。これはとてもいいです。たまにはテレビをつけながら勉強をした方が、はかどるという人がいるんですよ。そういうことはあり得ないという間違った教条を、親やなんかに吹き込まれていますから、なんでも実験してみて、いい方がいいんだと、そうでしょ。


それはエビデンス・ベイスドですよ。1例交差試験というのがあります。あれがいちばんエビデンスの中で価値が高いんですよ。こっちをしてみて、あっちをしてみて、それは汎化はできないけど、そのケースについては、いちばんのエビデンスですよ。して悪かったか、してよかったか。


高校生ぐらいで躁うつの波が起こってきたと思える人には、部活をやめたとか、ピアノを習っていたのをやめたとか、剣道に行ってたのをやめたとかいう人が多いです。で「何のためですか?」と聞くと「勉強に集中するため」と言うけど、かえって勉強に集中できないの。「また部活を始めなさい」と言うたら、勉強するための時間が減るから、部活の代わりにテレビをつけながら勉強したらいい。こうすると、集中できるんですよ。

短時間の集中を断続的に繰り返すような勉強が、つまり‘ながら族’が、双極性障害に親和性の高い人にはいいのです。


突然、話が変わりますが、ピカソはカンバスを3枚くらい立てて、ここに粘土を置いて、ここに溶接の道具かなんかを置いて、こっちをして、あっちをして、とかだったらしい。あの人が躁うつ病だったかどうかは知らんけど、少なくともそれに近い気質の人だったんでしょうね。


だから作品が多すぎて、遺産相続に困ってるでしょ。全部に値段をつけ終わるのに後100年ぐらいかかるとか。お城2つにぎっしりつまってる。お城にいっぱい作品がつまったら、そのお城を封印して、また別のお城を買って、お金はいくらでもあるから、またそれもいっぱい作品がつまって、3つめのお城で死んだらしい。1つが何憶もする作品だから、そのリストを作って、全部に値段をつけるのに、100年くらいかかるのではないかということです。


(つづく)







ピカソ








◎ この一連の記事はすべて神田橋先生の了承を得て載せています。