2006年9月16日札幌市で行われた神田橋條治先生の講演録です。

「PTSDの治療 ③」  の続き



漢方です。四物湯(シモツトウ)と桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)という漢方があります。ツムラでいうと、71番と60番です。これを合わせて1日1回~2回、ひどい人は3回飲ませると、フラッシュバックは1~2ヵ月で随分軽くなります。これをどういうふうにして発見したかといいますと、ここら辺からだんだん怪しげになるので皆さんは嫌いかもしれないけど。僕は薬を使うときに、その人の全体の気をみます。向こうから気が来るのに薬を出して、その気を打ち消せるかどうかというのをみるんです。しかし、そんなことはどうでもいい。発見の経緯は怪しくても大切なのは結果だから、使ってみてください。


四物湯は衰弱した細胞を支えるような作用で、桂枝加芍薬湯はてんかんにも使います。そのふたつを使いながら脳をにらんでいましたら、こういうものが見えるようになったんです。(図1,2)




これがまた皆さんは嫌いかもしれないけど。僕は邪気と呼んでいる、何かウッというような感じが、ここにこういうふうに見えるんです。これは僕だけが見えるのか嫌だなと思っていたら、僕の所に陪席にきている人も大体1ヵ月か2ヵ月するとわかるようになります。「出ていますね」といいます。横から見ますと、図2のようになっているんです。縦から見ると図1のように見えます。これを九大の黒木俊秀助教授に言ったら、「それは帯状回だろう」と。ここのどこかに海馬があるのでしょう。PTSDは海馬と関係があるという話があるけど、僕は海馬を見ているわけじゃなくて、おそらく帯状回でしょう。金沢で山口成良先生にお話ししたらやはり、帯状回だろうとおっしゃいました。僕は脳のことはあまり知りませんが、帯状回はほとんど運動系のトランスミッターか何かが集合しているんだと思っていましたが、最近、「情動とも深い関係があるということがわかってきたんですよ」と教えてくれる人がありました。


雑誌『こころの科学』の一番新しいやつがPTSDの特集をしています。また、ほかの人からもらった文献でも帯状回は情動と関係していると書いてあります。ところで、僕にはどうしてもこういうふうな馬蹄形にしか見えないんですが、そんなのはどうでもいいのです。四物湯と桂枝加芍薬湯の処方を出すと邪気が薄れていきまして、並行してフラッシュバックが消えます。僕は、この場所を抑圧した記憶の再生をコントロールする場所として、そのうちに誰か発見するかもしれないと思って楽しみにしていますが。それもどうでもいいんです。ここがくたびれているんだと思います。四物湯は、細胞のくたびれを良くする漢方ですから。桂枝加芍薬湯の方は昔、慶應の相見三郎という先生がてんかんに効くといって発表した漢方で、もともとは腹の薬です。この2種の処方を飲ませると、1~2ヵ月ぐらいでだんだんフラッシュバックが減ってきます。


邪気が見えると便利だけど見えなくてもフラッシュバックを見つけるコツがあります。すべての人の行動というものは連続性があるんです。なのに、突如として出た変化。症状が突然出た場合に、フラッシュバックを疑ってください。例えば、先ほどの症例発表で、双極性障害の人がコンビニの店員をぶん殴ったというのがありましたね。理性的な人だったのにぶん殴ったと。あれはおそらくフラッシュバックです。あれは、何か攻撃的なことをされたことがPTSDとしてあって、その店員の人のしぐさかことばによって外傷体験の記憶が誘発されて、店員さんが昔の歴史上の加害者と重なった瞬間に暴力が出ます。本人の理性は、この人と昔の人は別だということはわかっているんです。わかっていても止まりません。あとで反省はしますけど。そう考えると、精神分析での転移という概念は、実はひそかに起こっている小さなフラッシュバックのことではないか。転移とは、昔のことが今のことになってしまっているということだからです。だけど今はそれも考えなくていいです。


(つづく)



◎ この一連の記事はすべて神田橋先生の了承を得て載せています。