こんばんは!
今日も忙しい一日でした。
今日は、大切な人から誘われて、海釣りに出掛けて来ました。
楽しかったのですが、今取り組んでいる引き起こし会の宿題やブログの続きの事が気になり、途中からわさわさした気持ちになってしまいました。
学生時代にテスト前なのに遊びに行ってしまった時の気分でしたね(苦笑)
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さて、昨日の続きからになります。
110番の電話は、女性の刑事さんからのものでした。
『トキさんですね?落ち着いて聞いてください。ご主人が亡くなりました』
私は、すぐに返事をする事が出来ませんでした。
『まずはご自宅に伺って、情況説明と遺書や何かそれに類する物があれば、確認させて頂きたいのですが…』
私は、自宅に帰ってからすぐに親友たちに連絡を取りました。
彼女たちはすぐに駆けつけてくれ、警察との立ち合いにも同席してくれました。
うちには遺書はありませんでした。
しかし、夫のいつも持ち歩いていたリュックの中からメモ紙が見つかったのだそうです。
その紙にはこう書いてありました。
『トキさんは悪くない。
悪いのはみんな俺だ。
テニスの人たち、トキさんを頼みます。
53歳、ゴミだ』
私は泣きました。
今でもこのメモを見ると涙が出ます。
自分の事をゴミだなんて。
夫の人生を思いました。
私と一緒にならなかったら、こんなに早く死ぬ事はなかったんじゃないだろうか…
夫は一瞬でも幸せだったんだろうか…
刑事さんのお話しが済むと、親友たちが私を警察署まで車に乗せて行ってくれました。
そして、警察署の霊安室で夫と対面したのです。
冷たい金属のキャスターの上にまるで眠っているような表情の夫が、しかし裸で白い布に覆われ横たわっていました。
私は壁を支えに夫のそばまで行き、そっと頬に触れました。
氷のように冷たい頬…
朝は確かに生きていたのに…
夫は、実家の居間で、自ら用意した紐を13回首に巻き付けて息絶えていたそうです。
日頃、折り合いの悪かった義姉が見付け、紐を切り夫を床に下ろしてくれたそうです。
私はすぐに刑事さんに尋ねました。
『亡くなった時、夫は苦しくなかったのでしょうか?
すぐに意識を失って苦しまなかったのでしょうか?』
『恐らく、長く苦しんではいないと思いますよ』
女性の刑事さんは、優しく答えてくれました。
そして、
『ご主人も、トキさんも悪くないの。
悪いのは病気なの。
だから、ご主人の事も、あなたも自分を責めないで』
と、私の肩に手をかけて励ましてくれました。
後から聞いた話しによると、通常、警察の方がこんな風に励ましてくれるケースは稀なんだそうです。
根掘り葉掘り色々と質問され、家族を失った辛さに加え、更に冷酷な仕打ちを受けているような気分にさせられると聞きました。(仕事なので、仕方ないとは言え、ですが)
そして、既にもう葬儀社の人が来ていて、すぐに打ち合わせとなりました。
翌日、検死をした後、葬儀社の霊安室へ運ばれるので、会いに来てくださいと言われました。
私は、自宅へ置いて欲しかったのですが、自宅の階段が狭いので棺を立てて通る訳にはいかないですから、こちらでお預かりしますとの事でした。
その後は、通夜と告別式の日取りを決めて、その後は各方面に連絡を入れたり、役所で死亡届を提出したり、保険会社に請求したりと、悲しむ間もなく怒涛の様な1週間を送りました。
幸い、夫と共通の友人が休暇を取ってくれ、全て付き添ってくれたのは本当に有り難い事でした。
また、夫にはクレジットカードでの借金があり、相続財産もなかった為、相続放棄の手続きを取る事になりました。
私は知らなかったのですが、相続放棄は三代先まで手続きを取らなければならず、義母、義兄、義姉に連絡を取り、依頼する事となりました。
夫が実家で亡くなった事をよく思っていない義姉と色々な交渉をする事が何より大変でした。
(自分の家で死なれたのだから、義姉の気持ちも理解は出来ますが…)
そして、そんな訳ですから、仕事にはすぐに復帰する事になりました。
心配してくれる会社の人たちの前で泣いたらいけないと初めはかなり疲れました。
私の仕事は、金融機関の電話交換手なので、警察からの問い合わせが入る事も多々あり、その度に心臓がドキッとしたものです。
亡くなった当時は、ひょんな事から急に夫を思い出したりするので、本当に辛かった。
でも、忙しく過ごす事になり気が紛れたので、今は却って良かったのだと思っています。
そんな生活も、少しは落ち着いて来た頃、遺族関係の記事を探して見る様になりました。
遺族の方たちがどんな風に立ち直って行かれたのか、知りたかったからです。
そこから、自死遺族の会があちらこちらで開催されている事を知り、出向いてみました。
お母さまを亡くしたお嬢さん、お父さまを亡くした息子さん、お嬢さまを亡くしたお母さんたちが参加されていました。
本当に静かな、ひっそりとした集まりでした。
輪になって座り、順番に気持ちをシェアする為に、自分の番が来ると中心にあるぬいぐるみを手にして話すのです。
話したくなければパスしても良く、話している人にコメントしたり、指導する事はありません。
ただ、そこで話しを聞いているだけでも辛く、矢張りまだまだ立ち直る事など出来そうもない、出口の見えない辛さに言葉を失いました。
精神的に病んでしまい、生きて行くのも困難になってしまう遺族の方々…
私も、そうでありながら、でも何か違う、と感じていました。
悲しみは当然なんだけど、ずっと悲しいままじゃなくてもいいんじゃないか…
悲しくて落ち込み、涙する事ばかりで当然なんだけど、笑ったり楽しんだりする時間を求めてもいいんじゃないか…
何か、若干の違和感を感じる私がいました。
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自己紹介③に続きます。