羊の薬はよく効いている。
愛を刻む行為もしていない。
廉の囁く、時に叫ぶ、愛の言葉も大きいかもしれない。
叫ばれた時は、物凄く、恥ずかしかったが、それ以上に嬉しかった。
「出かけてくるわ」
「いってらっしゃい。藍織ちゃん」
双識兄さんは大晦日で休日気分らしい。家にいる。
「さあ、零崎が始まりますよ――」
最初にその噂を聞いたのは、3日前のこと。
全ての人が幸せになれる夢のような、神の国がある…と。
怪しい国だ。
ぶち壊したら、さぞかし、楽しいだろう。
「と、いうわけで、調べて?」
「どうして俺に言うっちゃ…、まあ仕方がないっちゃね。今年最後の妹孝行だっちゃ」
軋識兄さんは頼りになるのだ。どこかの変態より、余程。
「場所が分かったっちゃよ。行くっちゃか?」
「聞かれるまでもないわ」
軋識兄さんは複雑そうに、
「一般人の狂気もまた、狂気だっちゃ」
と、言った。
そこは巨大で豪華な集合住宅だった。まるで、宮殿のような…。
「王様が偽物でも、誰も気付かないのね…神、だったかしら」
私は難なく侵入する。
「神の敵よ!」
襲い掛かってくる輩は、片っ端から作品へと昇華し、先へ進む。
ちなみに、情報は軋識兄さんにばら撒いてもらった。
ここの「民」は全員、敵だ。
神に縋って生きて、死ぬ。
「あなたたちの理想でしょう…?くす、くすくす…」
全員に【犠牲宣詩】で刻んだ文字は同じ。
神と呼ばれる、愚か者にも同じ文字を刻むつもりだ。
「さ、殺人鬼っ!」
「ご名答」
私は笑う。
作品が、ひとつひとつと、増えていく。
「我らは神をお守りするのだ!」
一般人の狂気もまた、狂気。
軋識兄さんはいいことを言う。
死者で埋め尽くされた神の宮殿で、がたがたと震えるひとりの女。
「あら、神は女だったのね」
それは少し、意外だわ…。
私は神を名乗る人間の女を作品にした。
死者に刻まれた文字は【群】…彼女らは全員でひとつの群れだったのだ。
「ふう…、帰りましょうか」
…!?
気配を感じた。
慌てて振り向くと…羊がいた。
「僕は闇医者ですから、非合法な仕事もします。彼女は…」
神を名乗った死者をちらりと見やる、羊。
「癌でした」
「羊さん…」
「彼女の癌を手術するのが僕の仕事でしたが、変更しましょう」
…変更?
「何か、苦しいことはありませんか?」
優しく微笑む羊は、とても少年には見えなかった。
「最近は幸せよ。大切な人が…廉が、たくさん愛してくれるから。愛の言葉を、くれるから」
自然と笑みがこぼれる。
場所は暖かい喫茶店へと移動していた。
「廉識さんにも愛していると伝えてみてください。とても…喜んでくれますよ。廉識さんに愛された分、廉識さんを愛してあげてください。もっと、幸せになれますよ」
羊はにこりと笑う。
廉に会いたい…!
「また、会いましょう。奢ってくださいね」
「勿論よ」
「良いお年を」
「良いお年を」
羊と別れると、すぐに帰路に着いた。
「おかえり、藍花さん…って」
「愛してる。とってもとっても、愛してるわ…廉」
ぎゅう、と抱きつく。
廉はしばらく、戸惑ったように、腕を揺らすと…、
「僕もだよ」
抱き返してくれた。
「じぃーっと見ているですう」
「傑作じゃねえ!俺の姉ちゃん!…あ」
「人識くん!シスコンだったんですか!おねえさんにラブなんですかあ!」
「そ、そんなことはねえ!虐められるのも愛のうちなんて思ってねえ!」
「語るに落ちまくってますう!制裁!」
「アイタ。髪の毛を毟らないでくれ!」
「おねえさんになら、毟られたいんですかあ!」
「………」
「きいいいいいいいい」
外野が煩いが気にならない。幸せだ。
私はとても、幸せだ。
「お兄ちゃんにも熱きベーゼを…」
双識兄さんをぶっ飛ばして、私は笑った。
「幸せ…」
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