零崎藍織の人間吟遊 【美】 | ばいばい

ばいばい

遥か望む彼方の光
君を照らし出さなくていい
狂おしい花びらを舞い散らせて
堕ちる桜を抱いて 眠る

 りんりんりん。
 冷織の音が響く。
 冷織は勢いだけで生きているから、心配で…首に鈴をつけた。

 藍色のリボンに、銀の鈴。
 気に入ってくれたらしく、お風呂の時以外、外さない。

 眠っている顔に悪戯書きをしようとしたら、
 寝ている時も鈴をつけていた。
 悪戯書きは、やめた。

「藍織、朝だぞ」
 ちゅ、と頬にキスをされる。
 後ろから廉が物言いたげに見ていた。
「…」
 察した冷織が私の上から退く。
 布団の上から、のしかかられていたのだ。

 起き上がり、パジャマのままで廉に抱きつき、唇にキスをした。
 抱きしめてくる廉の温かい腕…。

「ナウい青春だねえ」

 ばっ。

 私と廉が離れる。
 互いに顔が赤いのが分かる。
 ナウいの意味はともかく、青春の意味は分かる。

 りん。

 冷織が般若のような恐ろしい顔で、双識兄さんを見つめていた。
「零崎、双識…妹の幸せに何した?ああっ?何したんだよッ?」
「冷織…くん?」
「反省文を書け」
「え…」
「口答えすんのか!」
「書きます!反省文を書かせていただきます!…家賊の中でいちばん怖いな」
「何か言ったか」
「いいえ、いいえ、何も、言ってはいないよ」
「じゃあ行くぞ」

 身長の高い双識兄さんの腕を引っ掴むと、
 冷織はずるずると兄を引き摺って、兄さんの部屋へ消えて行った。

「…藍花さん、冷織くんの作った朝食があるよ。一緒に食べよう」
「待っていてくれたの?」
「婚約者だろう?」
 嬉しかった。
「廉ッ」
 抱きついて、一緒に台所のお食事スペースへ向かった。

「今日は僕とデートしてよ」
「ええ。勿論よ」
 どんな格好をして、廉に可愛いって思ってもらおうかしら。
 私はパジャマのままで思案した。


「どうッ?」
「………」
 沈黙。
「似合わない…かしら」
 この身を包むのはゴシックロリータのドレス。ヘッドドレスも付けた。
 完璧な…はず、なのに。
「か、」
「か?」
「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
 廉が絶叫した。
「今日の作品のテーマは【美】にしてよっ。そうでなきゃ釣り合わないよっ」
「え?え?え?」

 ぎゅ。

「途轍もなく素敵だ。似合ってるなんてものじゃないよ。僕の…誇りだ」
 嬉しくて、嬉しくて、涙が眼の端に溜まった。
 完璧なメイクを崩してなるものですか。
 涙腺を叱咤激励する。
 涙が引っ込むのを確認すると、廉に笑顔で、
「廉も私の誇りよ!」



「さあ、零崎を始めましょうか――」

 今日は廉の食事も兼ねてのデートだ。
「首だけの美少女」
「なあに?藍花さん」
「首筋に刻まれた【美】…」
「それ…凄いいいよ。きっと、藍花さんの次に綺麗だ」
「くす…」

 身体の部分は廉識が食べれば問題ない。
 丁寧に食べてもらわなくては。

 街を放浪すると、運命の少女に出会った。
 黒い髪、瞳、白い肌、赤い唇。
 車椅子の少女。

 介助者は傍にいない。
 少女を死者にすることも、物陰に引き摺り込むことも容易だった。

「素晴らしい作品ができるわよ…零崎藍織と、零崎廉識の」

 廉識は丁寧に少女を食らって行った。
 足から順に上へと…。
 脚、腰、腹、胸、腕…首から上だけの美少女の首を廉識は作り上げた。

 私は【犠牲宣詩】で少女の首に【美】と刻んだ。

 【美】を持ち上げ、車椅子に乗せる。
 廉識が丁寧に食らったため【美】は車椅子の上で立った。

「最高だわ…」
「素敵だね」

 そこから離れると、私たちは普通のデートをした。
 ケーキを買って家へ帰る。

 人識が玄関で行き倒れている。
「腹…減った…」
「ケーキがあるわよ」
 中身を見せてやる。
 色とりどりのたくさんのケーキ。
「姉ちゃん…最高」
「廉と割り勘よ?」
「廉識の兄ちゃん、最高に傑作だぜ」

 紅茶をいれて全員でケーキを食べる。
 がつがつと必死な人識。

「………」
「嗚呼、ゴスロリ?」

 うんうんうん。

 人識以外の家賊が頷く。
「廉のためにお洒落をしたの」

 人識は聞いてはいまい…、
「最高に可愛い姉ちゃんだ」
 あら、油断ならない弟だわ。

「とっても、幸せよ」

 双識兄さんの視線が廉に突き刺さる。
 冷織のフォークが双識兄さんの手の甲に突き刺さる。

「アイタ」
「妹の幸せに嫉妬すんなっての。喜べ」

 りんりん。
 同意するように鈴の音が響く。
 
 舞織が笑った。




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