悪事を働いた金ではない。
この富は、全て、偶然から手に入っている…。
私はどうということもないサラリーマンだ。
未婚、恋人募集中。
そんなある日、
偶然見つけた寂れた神社で、お参りをした。
特に何も願わなかった。
『ほっほ…』
風の音だろうか。
気にもとめずに帰路についた。
夜、ぐっすりと寝て、
朝になると、いつも通りの行動を取っていた。
ひげをそったり、顔を洗ったり、歯を磨いたり。
朝食を口にして、家を出ると、
会社に向かった。
営業の仕事で、外回り。いつも通りだ。
特別、どうということはなかった。
ただ、売り子さんが美しい女性だったので、
宝くじを買った。
そんなことは忘れていた。
宝くじが金券に変わるまでは。
一等、一億円。
誰にも言わずに、貯金した。
言い触らして良い事はないだろう。
それからも、偶然は続いた。
会社からの帰り、いつもの道を歩いていると、
美しい女性が話しかけてきた。
不審な鞄があるという。
私はそっと、鞄を開けた。
中には札束が入っていて、
要りませんという、
手紙のような、走り書きのようなものが入っていた。
保存の期限というものがあるそうだ。
警察に届けた鞄は私の手元にやってきた。
私は、ただ、貯金した。
それからも、
私の元にはあり余るほどの富が転がり込んだ。
その度に美しい女性が関わっていた。
全て容姿の違う女性だ。
しかし、同じ女性に思えて仕方がなかった。
そして、寂れた神社を思い出し、
そこにお参りに向かった。
全ての富はそこから来ている気がした。
私の本当に求めるものを伝えよう。
私はあの女性と親しくなりたいと願った。
『ほっほ…狐の嫁入りかのう。我が夫になれ』
まさか、神様だとは思わなかったが、
思ってもない好機だった。
「結婚、しましょう」
それからも私は普通のサラリーマンだった。
子供ができ、幸せな家庭に満足する、
ひとりの男だった。
神様は渡と名乗ることにしたようだった。
時が過ぎるのはあっという間、
私は定年を迎えた。
渡と一緒に長く居られればいいと…。
ある夜、渡が泣いていた。
私と同じように歳を重ねた愛しい妻。
「どうしたね、わたり。一緒に眠ろうか」
同じ布団に潜り込み。
「幸せだ。何と幸せな人生か」
私は死んだ。
死後、見つかった、あり余る富に子供も孫も
目を回して、最小限残して、寄付をした。
あちらこちらに…。
そして、不思議と穏やかな渡に説明を求めた。
全ては偶然…渡は過去を語った。
家族が落ち着くと、渡はふいと居なくなった。
そのことには誰も、気がつけなかった。
『ほっほ…あの世へ渡る狐も悪くはあるまいて』
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