夢まもりの鬼16

「…んー…」
毎日決められた時間に携帯のアラームが鳴る。今日も設定通りの時間に起床用アラームが鳴り、雪はコロリと寝返りを打とうとして体が動かない事に気づく。目を開けるとそこにある筈のない釵の顔があって思わず声を上げそうになったが、寸での所で飲み込んだ。そういえば昨日はあれからそのまま眠ってしまったのだった。こんな若造の腕の中で泣くとは、あまつさえ同衾とは。自分が情けないやら恥かしいやらで、顔を両掌で覆う。未だ心地良さそうに眠る釵の寝顔は幼さを残す普段の彼の顔だが、妖怪だからか彼の持って生まれた容姿は美しい。正面から見るだけではあまり気づけないが、目を閉じている今は、近くで見ると本当に睫毛が長いのが分かる。顔つきは同じ日本人だが毛色が違う、人離れした淡い淡い象牙色。ふと目を覚ました釵の真っ黒な虹彩には自分が映る。
「…おはよ…姫…」
うっとりしたような表情の釵が雪の髪を梳く。
「…お、お早う…ではないわ。起してくれたら良かったじゃろうに、なぜそなたまでここで寝ておるのじゃ!」
「ゴメン。起そうと思ってたんだけど、つい僕まで寝ちゃったみたい。」
「全く、仕方が無いのう…。バレぬ様に帰るのじゃぞ」
うん、と言いながら釵は雪を見つめ続ける。昨日の事もあって雪は目を逸らしたが、その頬にそっと釵の手が触れる。
「…目、腫れちゃったね。気分はもう平気?」
泣きはらした目元は赤く、少し痛みを感じた。しかし気分は悪くない。
「平気じゃ。目も冷やしてから登校する。さ、そなたも準備に帰るのじゃ」
時計を見れば登校時間が迫っていた。慌てて、しかし周りを窺いながら扉を開けて、釵は雪の部屋を出て振り返る。
「姫!また後でね!」
朝日に負けない眩しい笑顔に小さく手を振り返し、駆けていく背中を暫く見送って部屋の中に戻った。昨日は結局入浴しないままになってしまったけれど、ゆっくりしている時間も無いので浴槽の栓だけ抜いてシャワーで済ませた。髪は乾かす時間が無く、大体の水分が乾いたら良しとして、服は予備が数着あるのでそれに着替え、そうこうしている内に釵が改めて呼びに来て、慌てて鞄を掴んで部屋を出た。

 教室に入った途端、破璃と目が合った。破璃はすぐにそっぽを向いてしまったが、一言お早うと言うと、小さな声で返事が返ってきたので驚いた。妖怪には返事を返さないが、人間には返すという事だろうか。しかし決して愛想が良いわけではない。全身で話しかけられるのを拒否しているので、雪はそのまま自分の席についた。
「ゆーきーちゃんっ!!」
後ろから燈雪の煌めいた様な声が聞こえた。振り返ると声と同じようなキラキラした目が嬉しそうに雪を見つめていた。
「アロから聞いたんだけどぉ、釵が朝帰りしたって~?オトナの階段登っちゃったの~?」
小声ではあったが人に聞かれたらマズい話だったので、つい燈雪の口を手で塞いだ。
「寝こけてしまっただけじゃ。ここでそんな話はやめよ」
「ふふ、分かってるよ。そうだったら楽しいなって」
「面白がられてものぅ」
幸い誰にも知られずこの話は打ち切られ、授業が始まる。何も変わらないいつも通りの授業だ。この日、密かに破璃の行動を窺っていたが、校内を歩き回って様子を探っている様な動きはあったものの、誰かに絡んだり絡まれたりという争いになりそうな事件は無く、平穏に女子寮に戻っていった。釵と相談して、燈雪とアロには彼女が人間である事を伝えた上で、女子寮の中で何かが起こったら知らせて欲しいと燈雪に頼んでおいたが、数日そうしていても平穏な物だった。破璃が妖怪退治を諦めたとは考え難いが、日がたって気も少し緩み始め、4月も下旬に差し掛かった頃に、釵が思い立った様に言った。
「そーだ!ゴールデンウィークに街に遊びに行かない?翠浄院さんも誘って五人でさ!」
唐突な思いつきに、アロと燈雪は眼を丸くする。
「翠浄院も?」
「そ、だってあの子を放っておくの心配でしょ。心おきなく遊ぶなら、あの子も一緒に行ったらいいかなって」
「妾はもちろん良いが…破璃が一緒に行くというかのう。」


「はぁ?何でうちがあんたらと遊ばなあかんの?ほっといて」
放課後、人気の少ない場所に呼んで、雪が声をかけてみたが案の定睨みながら拒絶される。
「普段気を張っておるじゃろう?妾たちだけなら襲う心配もないし、息抜きも良いと思うのじゃが」
「あんたらを信用せぇって?それは無理な話やろ。そもそもおかしいやん。何で人間のあんたがこんなに妖怪と馴染んどんの。殺されたいん?」
雪の体の事を知らない破璃にとって、この妖怪だらけの学校に一人でいる事が不可解で仕方が無いのは当然だろう。妖怪は人間に危害を加える危険なもの、その巣窟に恐れる事もなく紛れ込んでいる。しかも正体を隠す事無く。雪も人間と言いながら、実は何か別のものなのではないかと疑っている。
「優秀な守役もおる。妾がこうして生きている事が、彼らに害が無いと証明しておるじゃろう」
そうはいうけど、と破璃はジトっとした目付きで雪を見た。相変らずの違和感に加え、ここ数日見ていた彼女を思うと、更に怪しい。クラスどころか校内で、理事長にまで一目置かれている夢守鬼が、彼女に対してあんなに媚びているし、その取り巻きと思えるキムナイヌと雪女までも、仲間のような接し方をしている。彼女には何かがあるとしか思えない。信用など、できるはずがない。
「とにかく、信用できん」
その場から去る破璃を追って廊下に出た所で、雪は人にぶつかってしまう。そうこうしている間に破璃は遠ざかっていった。妖怪を蔑んでいる破璃を説得する際、当の本人である妖怪が破璃の言葉に嫌悪を抱いても申し訳ない気持ちになるし、居る事がわかると破璃が緊張するから、と釵を頑なに置いてきたが、こうなるなら連れてきたら良かった。

お久しぶりです。

テーマ:
ウィンドウズXPのサービスが終了してからというもの、
パソコンをインターネットにつなげると危険!みたいな画面がパカパカするのが怖くて
しばらく更新をしていませんでした。
ようやく今回の冬のボーナスでパソコンを買い替え、たぶんちょっとは更新できるようになります。

私生活、小説だけが趣味でもないため、
いろいろやってるとパソコンを立ち上げるのも億劫になってしまってダメですね。

とりあえず、今まで書いた小説のデータを
引っ越しできれば続きを上げたいと思ってます。


それでは。