仕事を終えて会社に連絡を入れる。
バレンタイン返上で大阪まで来た甲斐があった。こじれた案件は直接出向いたことですぐに解決した。
明日までゆっくりして来ていいと言われ、特別な日のぽっかり生まれた自由な時間を持て余しながら、とりあえずホテルへと戻る。
…一度彩りを消した頭には、たとえそれがどんなに欲していたものだとしてもなかなかそれとして認識されない。
それが予想もつかないことなら尚更で。
フロントスタッフからふいに渡された二つ折りのメモを私は無表情なまま読む。
『謝るきっかけ、作りに来てあげたよ』
…ん?
もう一度読み返す。
不器用に書かれたメッセージの送り主はひとりしか思いあたらなかった。
ソンジェさん?
あの日のソンジェさんの顔が浮かぶ。
…あの日私たちはケンカになった。
レストランのテラスでそれまでの楽しすぎるふたりの時間がそうじゃなくなったのはソンジェさんと桃子さんのせい。
それはわかっていたけど、こじれた理由は何度考えても自分の中にあった。
「ソンジェさんの大切な人に私はなれない」
自分ではどうしようもないひとつのその事実がチラチラと警告して来たから。
これ以上踏み込むなと…
おまえには関係ないと…
その時の淋しさを潜めたソンジェさんの目にドキッとしながらも結局私は素直になれなかった。
君が大丈夫でも俺が大丈夫じゃないからって家まで送ってくれたのに。
なかなかタクシーのドアの閉まる音もしないし、走り出す音も聞こえなかった。
ずっと私を見てくれている…
それがわかっていたのに。
傷つけて怒らせてしまったけれど
傷ついて怒ってもいたから…
ソンジェさん…
ここに来てるの?
どうしてこのホテル知ってるの?って考えると同時にお兄ちゃんのウインクしてる顔が浮かんだ。
何をどこまで話してるんだろう?
チョコを渡す相手がソンジェさんだってことお兄ちゃんにバレちゃったからな。
カッと顔が熱くなる…
ため息と一緒にこぼれたのは大きな感謝の気持ち…
あとは私が勇気を出すだけだった。
ソンジェさんの携帯に電話を入れて。
呼び出す間に心の準備をしようと思ってたのに、ソンジェさんは驚くほど早く出た。
「い、いつまで待たせる気?」
ああ、いつものソンジェさん…。
いつもの私で返せばいい。
「…ワ、ワンコールで出ないでください」
「あいにくだけどずっと待ってたからね。君のごめんねの電話を」
「…今、どこにいるんですか?」
「君と同じ場所」
ここまで来てくれてるのに
それとは裏腹にソンジェさんはすごくぶっきらぼうに返す。
ふふっ…
どうしてわかったんですか?とか
お兄ちゃんですか?とか
店長と俺の絆は君が思ってるより深いんだよとか
電話越しのお互いを楽しんで
そんなことを言い合った後
「部屋番号教えて」
あなたが突然そんなことを言い出すから…
せっかくバレンタインに会いに来た健気な俺に?帰れって言うの?って、その声はすごく切羽詰まっていたから…
私は私の場所を教える。
「50…13…です。」
「よくできました!!」
少しかすれた低い声はダイレクトに心に届いて
私はあなたが来るのを待った。
⑤に続く☆