①~
会社のエントランスでペンを拾った。
持ち主に渡した。持ち主はお礼をくれた。
それがガラスのポットの赤いキャンディだった…
事実を並べてみるとそれだけのことだった。
あの後私は
社長室に向かうエレベーターの中で
透明のセロファンを剥がし緊張を解したくてキャンディを口に含んだ。
それは舌の上ではゆっくり溶けて
カリッと噛むと小さな小さな欠片のまま喉を通り過ぎてあっという間に私の奥底に入り込んでしまった…
「…ん?これがどうかしたのか?」
ガラスの瓶と私の顔を不思議そうに見比べるグァンス社長の声はいつでも圧倒的なやさしさを孕んで私に届く。
それは私がそう思えるから何より確かなもの。
「いえ…」
ガラスのポットを受け取る。
思い出したワンシーンといちごの香り…
それらをちょっぴり持て余しながらグァンス社長の部屋を出た。
キャンディだけどただのキャンディじゃない…
甘いけれど甘いだけじゃない…
小さいけど決して小さくはない…
私の体と心にいちごのキャンディと共にするりと入って来た人の名前はすぐにはわからなかった。
その後
グァンス社長に同行したパーティで再会して、あっキャンディの人‼︎って私から呼ばれたり…
残念ながらキャンディの人ではないんだな~って言われたり…
やっぱりその人はグァンス社長のことをよく知っている様子…
触れてはすり抜けるキャンディの人との不思議な距離はある日突然…縮まる。接する。密着する。
大事な話がある…と呼ばれた社長室で
私はやっとキャンディさんの名前と素性を知った。
企業コンサルタントのソンジェさん…
会社の事業拡大のために配属されたグァンス社長の親友。
ソンジェさんは「よろしく」と手を出して、私が手のひらを添えるとふんわり包んだと思ったらあっという間に引き寄せたり
「俺の秘書はこの子がいい」って言ったり…
私の耳元で、好きな人の側で仕事をして行くのって案外辛いよ。これはチャンスだと思うけどな…なんて言ったりした。
でも一番驚いたのは自分のこと…
私が
ソンジェさんの秘書になります
そう言ったことだった。
……
右に回すと黒いインク
左に回すと赤いインク
左に回すことなんてあまりなかったけど…
交互にぼんやり回しながら2回に1回出てくる赤いインクのペン先はほんのり赤いんだ…なんて。
今、頭の中の大半を締めていることとは別に片隅で考えてる。
銀色のペンはこの職に着く時に両親からもらった大切なもの。お守りみたいにいつも胸ポケットに入れていた。
だからあのまま…エントランスに落としたまま、なくなっていたら大変なことになってたな。
銀色のペンはもう銀色のペン以上の存在になってしまった。
グァンスの専属秘書…
エントラスの数日後、まずはパーティでそれを知る。
グァンスのことどんなふうに思ってるのかな?って
最初はそう…どちらかと言えばグァンス側に立ってた。
君という人を試すみたいにカマをかけた…何気ない軽いノリで。
わざとグァンスの悪口を言う俺に猛然と立ち向かって来た君の顔は
エントランスで俺を追いかけて回り込んで顔を見上げてきた君とはずいぶん様子が違っていて…
そんなにムキにならなくても~なんて心の中で少しおもしろかった。
でもすぐにおもしろいだけでは済まなくなってしまう…
こんなふうに思われてみたいな
こんなふうに君に思われてみたい…
その気持ちがどうしようもなく抑えられなくなってしまった。
思えばあの時からヘンだったな…
ちょっと冷静に自分を分析してみる…
お礼なんて何色のキャンディでもよかったのに。
なのにあの時…君がペンを拾ってくれた時、お礼だと言ってガラスの入れ物の蓋を開けて俺はちょっと迷ってしまった。
えっと…そうだ…
きっといちご味。
喜ぶんじゃないかな?って
柄にもなく俺は一瞬そう思った。
恋愛感情は感情の中でも一番やっかいなものだと思ってたし
そんなことでは時間を使いたくないタイプなんだから。
ましてや仕事の妨げになるのなら尚更で…
一瞬迷ったり
奪い取るようなことしたり
もやもやしたり
うれしかったり
そんなふうになっている自分が不思議でたまらない。
今朝もすごく早く出社して
君の机も荷物もすべてここに…
グァンスの部屋からこの部屋に率先して運んで来たりして。
さっきから君の机ばかり見てる…
何て言うだろう?
黙ってこんなことして…って
怒られちゃうのかな?
by ソンジェ
③に続く☆