昔は仕事柄、またプライベートでも良くタクシーを利用していました。
運転手の方と話をするのが好きだった私は、良く面白い話はないかと自分から積極的に話しかけていったものです。
「なんでタクシーの運転手さんになったのか」
とお伺いすると、
本当に皆さん様々な人生のストーリーを聞かせてくださいました。
その中でも一つ忘れられないセリフをここでご紹介したいと思います。
とある飲み会へ向かう為に拾ったタクシーの運転手さんは、一時はある程度まで成功した企業のトップとして活躍されていたという事でした。
しかし当時は家族も会社も失いタクシーの運転手をされていて、ため息混じりにひとこと、
「いやね、いい時は見えないんだよ。自分の慢心とか、驕りとか。耳に入れないもんね、アドバイスなんて。それで失敗したんだよ。それで失った。」
キラキラした六本木の夜を走りながら、当時は若くて、人生を謳歌していた私は少ししんみりした顔を作って相槌しただけで、その時の運転手さんのセリフを深く咀嚼することはありませんでした。
謙虚に生きなきゃいけないって分かってはいるけれど、頂点に駆け上がる途中や栄華を極めている時は、なかなかアドバイスを聞き入れずらいものです。
運命の流れか時流に乗って何かを得ると、全世界がバラ色でこの世の春状態。沢山のパワーのある人と出会い、知り合い、とかく謙虚でいる事を忘れてしまう事もよくあるでしょう。
でも、謙虚と感謝を忘れたしっぺ返しがどれほど恐ろしいかを一度体験すれば、
人はきっともの凄く成長する事ができるんだろうな・・・と思っています。
さて、表題の小説と出会ったので早速購入、本日読み終わりました。
池袋ウエストゲートパークの著者でもある、石田衣良さんの小説、その名も「コンカツ?」です。
タイトルが直球だったのと、才能ある作家の方の作品ということでパラ読みなしで購入、
興味のあるテーマかつ思った通りのエンターテイメント溢れる作品だったのであっという間に読んでしまいました。
この物語の主人公は29歳、大手企業で正社員として働いているオシャレで都会的な美人。
同じくタイプの違う美人たちと都会のど真ん中でハウスシェアをして夜な夜な合コンに励んでいますがこれといった収穫はなく、男を見る目だけが肥えていき30歳は目前。さて、どうしましょう私これから、というようなお話です。
流行りのブランドやレストランを巧みに登場させて、今すぐドラマ化されてもおかしくない画的に映える美味しい設定が沢山散りばめられ、都会に住んでいる人には共感を、それ以外の人には憧れを喚起させる様なキラキラしたシーンが多く出てきます。
以前AKBの大島優子ちゃんと香里奈さんらが出演していたドラマ、
「私が恋愛できない理由」に少し設定が似ている気がしました。
ハウスシェアしている点も、それぞれ異なる美人がそれぞれの恋愛に奮闘する設定も、少し勝気だからか恋愛で勝てない女性が主人公なところも。
とにかく、一度でも合コンに行ったり婚活をしたことのある人なら思わず頷きたくなるシーンが満載で、
この方は男性だったっけ?と思わずネットで「石田衣良」と検索してしまった程でした。
そのくらい、主人公 智香の心理描写が巧みでリアルで、引き込まれてしまいます。
この小説に書かれている事で、真理だ・・・と思った事。
都会で着飾って若さを武器に女友達とはしゃぎ、さざめき合う日々について。
シャンパンだって、高いお酒だって色々な人が教えてくれて、自分で働いたお金で自分を綺麗にして、魅力を振りまいたり小悪魔になったりしているうちに、いつのまにかしっかりとした審美眼が養われていく女性たち。
男性のことも、服装のことも、仕事のスタイルだって。「確固たる自分」がどんどん強固になっていってしまう。
そうすると、別の環境でそうやって「確固たる自分」を培ってきた相手を一瞥しただけで、
「あ、これはないな」
と切り捨てていってしまう。
「私にはふさわしくない」「私にはもっといい相手がいるはず」と、相手のダメな部分ばかりが目に入ってしまい、そこから先の関係にはなかなか進まない。
お金持ちでも遊び人過ぎだから、
公務員だけどちょっとダサすぎ、お店の選び方がヤバイ、会話がイケてない・・・
主人公の智香は、そんな風に容赦なく目の前の合コン相手を斬っていきます。
資産家の息子でイケメンでエリートにアタックされたというのに、
「なんか異性としてときめかない」という理由で、「仕事も面白く海外についていけないから」という理由でアプローチを断り、
江東区の亀戸で保育士をしているさして美人でもない21歳の猛禽 ちゃんにさらっとエリート男性をかっさらわれ後から悔しがったりしています。
このエピソードこそが婚活の全てなのかも・・・と思いました。
なまじ美貌も兼ね備えながら仕事も出来て、センスもあるとくればそれはそれは相手に高望みしてしまう。
逆に何かを諦めることを知らず(出来ず)、ほかの女性達から「贅沢」と揶揄されてしまう智香の様に、
現代の女性は恵まれすぎているがゆえに「望みすぎ」なのではないか、と思う事が多くあります。
この小説では最後に、智香は作家志望で才能のある、欠点はあるけれど優しい年下の男性と良い雰囲気になっていきます。
幸せなハッピーエンドを示唆する内容で締めくくられていて、読後感は爽快、それぞれの女性たちも皆幸せを掴みます。
でも、果たして現実はどうでしょうか?
高望みをしたまま自分を振り返らずに突き進んでいて、幸せを得ることってできるのでしょうか?
智香は恵比寿ガーデンプレイスの近くに住んでいます。そしてジュエル・ロブションでディナーを楽しむことさえあります。
かたやエリート・イケメン・性格良し・親も資産家の高物件を射止めた亀戸の21歳保育士が男性を射止めた場所は、亀戸にあるサンストリートのトイザらスです。初デートはマックで、シェイクをおごってもらったそうです。
この写真は、私が自分で撮ってきました。こんなに感慨深くトイザらスを眺めたのは初めてでした。
21歳の彼女は自分がそんなに可愛くないことも、育ちが彼とは違うことも承知です。
だからなのでしょうか、もの凄く、恋愛スキルが高いのです。
男性悦ばせ能力の描写が半端なく、これぞ男性が求める女性像!美人だけど恋愛で勝てない女性が悔しがるモテ女性そのもので、見ていて爽快なくらい智香を悔しがらせています。(智香も性格が良いのでそこまで妬んだりしませんが)
自分のキャリアはすっぱり諦める。自分らしさを捨てても男性を立てることが出来る。電通が入っていると思わざるを得ないセリフをここぞとばかりに繰り出すことが出来る。
それはもう、大手企業で頑固な上司の元でも嫌なクライアントとも共存しながらバリバリ働いて女だてらに正社員で頑張っているのと同等のスキルまたはそれ以上であると思いました。だって、彼女に定年はないんですから。
全て揃ったエリート男性を手に入れた杏美は、若くしてそれをわかっていた。そこが普通の女性と違うところだと思います。
何かを手に入れる為には何かを失わなくてはならない事もわかっていた。
好条件の男性と結婚するためには、智香のいう、「自分らしくいられる恋愛」なんてハナから狙っていない。
それを早めに気がつけるというのがポイントだと感じました。
男性心理を掴み、操作する事に長け、自分には美貌もなく仕事のスキルも無いと悟った瞬間にあらゆる手段で自分らしい幸せを全速力でもぎ取りに行く。
こんな女性が婚活市場で勝ち残っていくのだと思いました。
都会的で洗練されて男性慣れしているようでいて、智香はある意味純粋なのです。
自分の欲望にまっすぐ。欲しいものは欲しい、嫌なものは嫌。それでも29歳まで好きに生きてこられた。それだけ恵まれていたのです。
美人で仕事もこなせるスキルもある、友達もいる。恵まれています。
それだけなら人生に何の問題もありません。
ですが、その様な何でも自分の思い通りに人生を運んできた女性が「結婚」をしようとしたら・・・?
実はそんな恵まれた女性が結婚相手を探すのが、いちばん難しいのかもしれませんね。
21歳の杏美の様に、男性に媚び尽くして恋愛をする事ができない。
妥協しない人生は時に辛いものになりえる・・・そんなメッセージが隠されている気がしました。
「人生なんてどこか物足りないものなのよ」
とのセリフが印象的な人妻の不倫映画、「テイク・ディス・ワルツ」の感想は次回に持ち越したいと思います。
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