待ち合わせまでまだ随分と時間があった。




ふらっと有楽町ビルに入り、ESTNATIONの2階、女性物のフロアで時間を潰す。


爽やかな香りに包まれ、吸い込まれるように奥のボディケア用品コーナーに進み、


「クレオパトラ」と書かれたオレンジピールの香りのハンドクリームを買った。


田上麻里子は、丁寧にラッピングされたハンドクリームを大事そうに抱えてビルの外に出る。


この小さなハンドクリームは、これからひさしぶりに会う予定の友人に渡すつもりだ。

自分は小さな子供がいるため、しょっちゅう手を汚し手を洗う。その度にハンドクリームなどは塗っていられなくなったし、ネイルアートも大好きだったが出産してからはサロンに行く事もない。

キラキラとした輝くラメの無い自分の爪に違和感を覚えていたのは最初だけで、この頃ではすっかりそんな質素な自分の指先に慣れてしまっていた。



知り合って日は浅いが共通の趣味が多い岡田麻美は30歳、大手外資系コンサルティング会社で日々死ぬほど働いている。

土日出勤も珍しくないほどで、平日も帰宅が0時を回る事は珍しくなく、そんな時はタクシーで帰宅しているという。

会うと飛び切り笑わせてくれる彼女と久しぶりに会うことが出来るので、ちょっとしたプレゼントのつもりで彼女のイメージに合いそうな香りのハンドクリームを購入したのだった。

麻美はスタイルも良く綺麗で、性格もあっけらかんとしているのでとても付き合いやすい。誰からも好感を持たれるような女だった。そんな麻美が、今は婚活に悩んでいるという。

確かに迷う年齢かもしれないけど、結婚ってそんなに手放しにいいもんっていうわけでも・・・ないけどなぁと喉まで出かかった言葉を麻美の前で何度押し戻したかわからない。

独身女性として、忙しい中でも都会で華やかに、煌びやかに生活している麻美の生活は、自分と比べても確かに魅力的だと思えるからだ。


とにかく、そんな麻美が同じく婚活に悩んでいる友人二人と、既婚者で子持ちの麻里子、そしてもう一人の既婚者の女を集めて何やら「婚活勉強会」を開催しようと提案してきたので、育児や家庭に疲れきっていた麻里子は「とにかく女子会的な場に行きたい」と、すぐに参加の意思をメールした。


心心心


待ち合わせ場所に麻美が指定した有楽町の6th Oriental Hotelというレストランは、メールに貼られていたリンクで見ていた写真より遥かに雰囲気が良かった。


上品ながらも活気のあるメイン・ダイニングフロアには豪華客船のオブジェが飾られていたり、クラシカルな席やカジュアルなソファー席などが混在していて、一番に席に着いた麻里子は興奮を抑える事が出来ず携帯で写真を撮りまくる。

普段、子供と近所のモールに自転車で通うことが日課の女がワンピースを身に纏いヒールの高い靴を履いてこんなに素敵な場所にいる。記念に残しておきたくならないはずがなかった。


新米ママの日記


ドリンクメニューを眺めていると、急に目の前にひとりの女性が現れた。私は真面目です、と全身で表現しているようなファッションだな、と麻里子は観察する。

夏場だからか、額を全部出して引っ詰めてポニーテールにしている。薄手のシャツにインナーは黒のタンクトップ、仕立てが良さそうなもので、いずれもきちんとしたブランドものなのがすぐにわかった。

両耳にはひとつずつ律儀に小さなダイヤのピアスが光ってる。


「皆が来る前に何か飲みましょうか」


麻里子は初対面の相手には必ず自分から積極的に話しかける。名前を聞くと、その女性は


「安藤・・・美紀って言うんです。そう、あのスケート選手と同じなの。私の方が早く生まれているのに、ここ数年は名前を言うたびになんだか彼女の評判と一緒に生きてるみたいで、大変です」


とおどけた顔をして見せた。


じゃあミキティって呼ばれ慣れてるんですかね、と麻里子が軽口をたたこうとした時、隣の席にまた一人女性が近づいてきた。

今度はグラマラスなボディラインが印象的な小悪魔風の女性。

肌に吸い付くような質感のシックなカラーのワンピース、少しはだけた胸元に長さを合わせてつけているネックレスといい、印象的な目元のメイクといい、男が好む女性というのはこういうタイプなのだと麻里子が常日頃から思っていた様な女性が現れたようだった。


意外な程に気さくなその女性は坂本アリサと名乗り、三人でしばらくまだ現れない麻美の噂をしながら時間を過ごした。麻美ともう一人の女性、黒坂実里が現れたのは十分程経ってからであった。


全く悪びれる様子もなく席につくと、「さて、じゃあシャルドネでも飲もうかな」と言いながら麻美はどんどんオーダーをしていく。

その際に軽い自己紹介を促したり、そこに麻美が職場や現在の状況などを付け加えたりして、それぞれにグラスが到着する頃には全員が全員の大体のプロフィールを把握している事となった。


真面目な美紀は音楽業界でマネージャー業、グラマラスなアリサは起業家で、実里は大手通信企業で正社員をしているそうだ。みんなぴったりと三十歳。立場の違う三十路の女が五人、これから「婚活」についてたっぷり語る事になるかと思うと、麻里子は楽しみ過ぎてクラクラと目眩を起こしそうになった。



続く 


※ このお話は、実話を元にしたフィクションです。