一番最初に口火を切ったのは黒坂実里だ。


「ほんっとにやばいの。彼氏が出来ない。何人か誘ってくれる人はいるんだけど、もう、自分の中でNGなの。この人とキスできるかって言われたらできない人とか、ホントに色々いて・・・」


よく聞く悩みだった。


着飾って合コンに参加し、男からデートに誘われるくらい、目の前の実里にとってはたやすいことだろうと麻里子は感じた。全体的に小作りな顔立ちに愛らしい瞳と、茶色すぎない髪色、男が癒されそうな笑顔、清楚なコンサバOLの休日ファッション。男から求められる外見的な条件を、実里は既に持ち合わせている。


「いいな、と思う人からは全然誘われないの・・・」


三十歳ともなれば多少は男ウケする仕草や格好、最低限のマナーなどは身につき、ルックスだって洗練されてくる。肌艶だってまだまだいい。問題なのは目が超えてくること、それだけだと麻里子はいつも思う。


実里は大手企業で正社員として働いて、頭の回転も早いし「男がどんな女を好むか」という事は分かりすぎりるほどわかっているだろう。合コンテクやマナーだって身についていそうだし、ルックスレベルにしてもそうだ。


自分はいい女である、という自信だってきっとあると思う。だから、そんな「私」が望むレベルの相手でなければいけない、と自分で交際相手ののハードルを勝手に上げている傾向はないだろうか。


婚活に悩む三人は、いい男がいない、今の相手は全然イケてない、など男たちの愚痴でひとしきり盛り上がっている。


麻里子は聞き役に徹し、前菜のシェフサラダを堪能する。これをスーパーの材料でどうやって再現しようかな、紫キャベツがあるスーパーじゃないダメかしら・・・などと考えていた。



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その時、ずっと皆の話を黙って聞いていた既婚の起業家、坂本アリサが印象的な目元でじっと実里を見つめ、口を開いた。


「みんなは結婚したいの?それとも彼氏が欲しいの?もし、30歳になって何となく、周りが焦ってるし婚活ブームだから、結婚できないと負け犬みたいに感じてしまうからとか子供産んでおきたいとかで結婚したいだけだったら、もう一度そこんとこよく考えてみたほうがいいかも。結婚ってそんなに甘いものじゃないし、悩むことだって多いのよ。」


綺麗に塗られたグロスで潤った唇から、人生の真理が飛び出した・・・と麻里子は頷きながら、周りの女たちの反応を伺ってみた。皆黙ってしまっている。美紀は口が空いたままだった。そのまま喋りだす。


「私・・・は、結婚したい。理由は、一人で暮らしていて、やっぱ寂しくて、このまま一生こんな感じで年老いていくと思うとそんなの絶対嫌で・・・えと、子供は、女としての義務かなぁって、思って・・・欲しい。でもとりあえず彼氏もいないから、どこかに一緒に遊びに行ってくれるパートナーから欲しい」


美紀は誠実に丁寧な本音をその場の全員に吐露した。美紀の発言が場の空気を変え、実里も麻美も次々に本音をこぼし始める。


麻美は現在半同棲しているような男がいるそうだが、可もなく不可もなく、という状態のままズルズルと関係が続き、新鮮なときめきも結婚の約束も無しにいる状態をどうにか打破したいと言い、


実里は堅実そうな男好みかと思いきや実はひと癖ある男ばかりを選んでしまい、自分の男を見る目に自信が無い、と暴露した。


アリサは続ける。


「そう、問題の本質はいい男がいないとか、未婚率の上昇とかそんなんじゃなくて、自分の今の状態を本気で見つめて初めて見えてくるものなの。付き合っている相手に対して何か変なプライドはないか、ダメ男を選んでしまっているならその原因は何か、そして本当に自分の求めている人生ってなんだろう、とかそこまで考えなくっちゃね。ちなみに私はね、今旦那と別居中。前向きなものだけどね。」


そういってアリサはシャンパンを飲み干す。先ほどのセリフといい、この女はいったい何者なんだろう、と麻里子は考える。起業家とだけ聞いているが、雰囲気は高級クラブでホステスとして働く女性に見えなくもない。


勇気を出して会社の事を聞くと、


「私のお仕事・・・マッチングサービスって言ったらいいのかな。知り合いの経営者の方たちに若くて可愛い女の子を紹介していたら、それがいつの間にか仕事になっちやったというか。これでも法人化しているの。結婚をしたいけど合コンや飲み会には金目当ての女しか来ない、って嘆いているお客様達から絶大な信頼を得て、おかげさまで業績はいいのよ。」


もっと若いうちにアリサに出会っておけば良かった・・・と美紀が思わず口にしたので、女たちは声を出して笑った。


心心心



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神戸オリエンタルホテルの名物だという、カニクリームコロッケが運ばれてきた。

麻里子がどうしても食べたくて一人で勝手にオーダーしたものだ。


一つ七百円だというそのコロッケは、やはり普通にお惣菜として売っているものとも、デパートで食べるものとも少し違っていた。甘さはごくごく控えめで、カニの身自体の歯ごたえが感じられる。


しかし麻里子はお惣菜のカニクリームコロッケの甘ったるさを期待していた為少々裏切られた気持ちになり、人生っていつも、期待とは違うことが起こるものなんだ、という事をコロッケ一つで感じ入っていた。


「ねぇ、麻里子は?結婚生活とか子育てどうなの?」


麻美がこちらに話題を降ってくる。


これはもう、本当にこう答えるしかない。


結婚も、子育ても、いい面も悪い面も、大変な事も感動的な事も、同じくらいあるし死ぬまでその繰り返しだと思う、と。


例えば結婚相手が高収入の場合はもれなく色々なマイナス要素がついてくる。子供の面倒は100%自分が見る、浮気をされる、お金の自由は割と効かない、男性が俺様な場合が多々ある。


低所得でも夫婦円満で笑いの絶えない家庭がある。


子供がいると、自分の時間はほぼ子供に捧げ、色々な物を犠牲にしながら子供の笑顔と健康を育てていく。娘時代とは同じ生活は出来ず、「他人の為に生きる」修行の様な日々が待っている。


子供を授からなくても、夫婦二人のお金を好きに大人の趣味に使い、人生を有意義に楽しんでいるカップルだって多い。


もちろん全てを手に入れて人格者な人だっている。しかしそんな人は、必ず何かボランティアをしたり人の為になることに心を砕いて生きている。


皆は勘違いしているのだ。SNSで楽しい家族旅行や赤ちゃんの寝顔にイベントごとの笑顔を載せて、「私は幸せです。毎日こんな事しています」とアップしているからって、その写真のままの穏やかで幸せな毎日が繰り広げられていると。


そんなわけはない。アップし終えた次の瞬間髪を振り乱し、子供と旦那と、2種類の違うご飯を用意したり、家族のために頑張っているその間、無邪気な子供に意味もなく泣き叫ばれるのだ。穏やかでも何でもない。


ゆっくり半身浴をする事も、映画見るのも、好きなだけネットをしたりするのも、全て子供が寝ている時だけ。起きている間はずっと子供の危機管理責任者としてどこかで神経をすり減らしている。


たまに夫婦水入らずで出かけようと思ったら、ベビーシッターや一時保育に最低一時間1000円~のお金がかかる。それが子育ての現実だ。


結婚もそうかもしれない。結婚式という一大イベントが終わったらあとは死ぬまで現実の生活を淡々と過ごしていくだけだ。表面上“私達幸せです”とアピールするのもしばらくすると飽きてくる。何故なら、そういう事をしていても、人に妬まれるだけで結局本人に何の得にもならない事を悟るからだ。


旦那様の収入、住んでるマンションのランク、子供に着せている服、通わせている学校・・・あれ食べました、こんな素敵なレストランや旅行に行きました、あんな事しました、こんな事できました・・・


自分のそんな幸せを本気で喜んでくれるのなんて、自分の家族と両親くらいだろう。「私たち同じくらい幸せだよね♪」と頷きあっていた友人だって、何かあってどちらかが都落ちすればすぐに付き合いづらくなる。


幸せな時ほど、それを隠すようにしなさい・・・


麻里子はそんな事を、すこし年上のママ友から最近教えてもらっていた。


「いい、麻里子ちゃん。幸せな時って、少し危険なの。不幸な人の気持ちが全くわからないから、無邪気に何でもアピールしたくなるのよね。でもね、そんなことして少しの自己顕示欲が満たされたところで、何も生み出さないし、何かあった時にほうら、ざまあみろ、って思われるだけなの。どの人の人生にも幸せと不幸が順番にやってくるんだよ。心の持ち様でそれを一定にしていくの。」


その言葉にも、麻里子は頭をガツンと殴られたようなショックを受けたものだ。


心心心


「麻里子?何ボーっとしてるの?結婚生活、そんなヤバイの?笑」


麻里子はハッと我に返り、麻美にどう伝えたら結婚の本質がわかってもらえるか頭を捻りだして、早口でこうまとめるのが精一杯だった。


「うん、ホントもう山アリ谷アリ。旦那さんなんて子煩悩でいいんだけど、この間なんて別居騒動レベルの大喧嘩したからね!結婚ってホント大変だよ。子供も怪獣みたいだしさ。私、奴隷だよ。可愛いけどね。」


「山アリ谷アリ・・・」


麻美はそう呟くと、アリサもため息混じりに続ける。


「ホント、結婚っていうのはゴールじゃなくて、スタートだからね。」


まただ。このひとはまた、人生の本質を突いた発言をする・・・と麻里子は思いながら、運ばれてきたパスタに一番最初に手を伸ばしたのだった。