『去年ほどのどん底はない』三原舞依は苦難を乗り越える強さで、世界選手権への道を切り開いた

序盤のミスとファイナルでの失敗を、後半で取り返した全日本のフリー

『この瞬間を待っていた』

 

  昨年12月24日、大阪・東和薬品RACTABドームで行われた全日本選手権・女子フリー。ショート2位につけて最終グループ5番目の滑走となった三原舞依は、名前を呼ばれ観客にあいさつをしながら、そう感じていた

 

『最初から「緊張を楽しめているな」というのがあって』

 

  三原はそう振り返る。最上段まで入った観客、見たことのないほどたくさんのバナーを目にして『いい演技をお見せしたいなと思って、すごくパワーをいただきました』という

 

  しかし、足には疲労がたまっていた。三原自身『結構コンスタントに試合があって、すごく、すごく足が大変ではあった』と振り返っているように、今季の三原は試合に出続け、そして勝ち続けてきた

 

  グランプリシリーズでは、第4戦・イギリス大会で自身初となる優勝を果たすと、第6戦・フィンランド大会も制し、ポイントランキングトップでファイナルに進出。初出場のファイナルでもショート2位につけ、フリーでもミスの連鎖が起こる荒れた展開の中、目立つミスをひとつだけに抑えて優勝している

 

  ファイナル・フリーでの唯一ともいえる大きな失敗は、最後のジャンプとして予定していた3回転ループが2回転になり、転倒した部分だ。金メダリストとして臨んだ記者会見で、三原は『結構、右足が演技終盤からきつくなってきていた、というのが正直な理由』と打ち明けている。体調不良のため2019-2020シーズンを全休している三原は、復帰した翌シーズンから少しずつ力強さを取り戻してきた。しかし、ついに世界一のタイトルを手にした今季もなお、体力の限界と闘い続けていることがうかがえた

 

  ファイナルから二週間足らずで迎えた全日本、三原はフリー『恋は魔術師』を滑り始める。2本目のジャンプとして跳んだ3回転ルッツはコンビネーションを予定していたが、少しつまった着氷になって3回転トウループをつけられず、単発のジャンプになってしまう

 

  三原は、『そこで、火がついたというか』と振り返る

 

『後半が勝負だ』

 

  そう覚悟を決めた三原は、3回転ルッツ-2回転トウループを予定していた後半最初のジャンプを、3回転ルッツ-3回転トウループに変更する決断をする。失敗したコンビネーションジャンプに後半で再び挑戦する勇気が必要だが、三原が心がけたのは無心で臨むことだった

 

『あまり考えすぎるのはよくない。まずルッツをちゃんと跳んで、その後にトウループをつけよう』

 

  プログラムは、体力が消耗する後半に入っていく。三原は3回転ルッツを跳び、そして後ろに4分の1回転不足をとられながらも3回転トウループをつける。そして続く3回転ループにも2回転トウループ-2回転ループをつけてコンビネーションにし、点数を積み重ねた。最後のジャンプとなる3回転ループにも、三原の並々ならぬ思いがこもっている

 

『最後のループをファイナルの時にミスしてしまったので、「そこは絶対に跳びたい」と思って。同じクラブで練習している友達に「絶対跳ぶから」と言ってきたので、跳べて良かったなと思います』

 

  ファイナルでの心残りだった3回転ループを決め、しかも3連続ジャンプにした三原は、大きく手を振り下ろしている。それは、ガッツポーズのようにも見えた

 

笑顔で『クリスマスとお正月を過ごしたい』感謝が支えた会心の演技

  ジャンプを終えた後は、ステップシークエンスとコレオシークエンスが続く。『恋は魔術師』は、透明感のある柔らかな表現を得意としてきた三原に対し、振付師のデイビット・ウィルソン氏が従来と異なるイメージを提案して仕上がったという

 

  スペインの音楽に乗り、フラメンコの情熱を表現するこのプログラムをシーズン初めに観た時、思い出したのは2017-18シーズンのショート『リベルタンゴ』だった。2018年平昌五輪が行われたこのシーズン、三原はショートでイメージを一新するタンゴに挑戦している。しかしグランプリシリーズでは失敗が多く自分のものにできないまま、平昌五輪代表選考がかかる全日本選手権を迎えた。大一番であるショートでも転倒があり、フリーで巻き返すも総合5位に終わって五輪代表入りにはならなかった。情熱的な表現への再挑戦ともいえる『恋は魔術師』を滑りこなして苦い過去を乗り越えることができるかどうかが、三原の今後を決めるようにも思われた

 

  苦しかった『リベルタンゴ』から、困難の多かった5年を経て2022年の全日本を戦う三原は、達成感に満ちた表情でステップに入っていった。プログラム序盤でのつまづきを後半で冷静にリカバリーし、ファイナルでの心残りも取り戻した高揚が、音楽の高まりとシンクロする。高い技術に支えられた質の高いスケーティングで描き出すフラメンコのパッションが、リンクから客席に広がっていく。最後のスピンを終えてガッツポーズを見せる三原に対し、ここまでの道程を知る観客は立ち上がって拍手を送った

 

  三原を指導する中野園子コーチは、その努力を讃えている

『本当に今年は近畿(選手権)からずっと出ずっぱりというか、試合をたくさんこなして、それでも維持して体の具合も悪くならなかった。しんどい時も頑張って練習していましたので、今日の結果があるんだと思います』

 

  三原が連戦による足の疲労を堪え切れたのは、『どんな状況の中でももっともっと上を目指して、「まだまだできる」と思いながら、苦しい中でも乗り越えてくることができた』という自負があったからだ

『今まで本当にたくさんの経験をしてきたので、「去年ほどのどん底はもうない」と自分の中で言い聞かせて。去年に比べたら、今はまだいい方だと思って』

 

  一年前、三原は2022年北京五輪代表選考がかかる全日本のフリーで、ダブルアクセルが1回転になる痛恨のミスをしている。いつもの安定感からは想像できないような失敗によって三原は総合4位に終わり、再び五輪出場を逃した。しかし三原は『どん底』から這い上がり、全日本から約一か月後に出場した四大陸選手権で優勝、今季の躍進につなげている

 

  総合2位となった2022年全日本、フリー後のミックスゾーンで、三原は感謝の思いを口にした

『サポートして下さる方々、応援して下さる方々が、本当に多くて。感謝という言葉で表し切れないぐらいの感謝を、まだまだ伝えたいという思いがすごく強くて』

 

『応援して下さる中で、今まで悔しい全日本が多かったので、「もう悔し涙を流したくない」と思って。笑顔でクリスマスとお正月を過ごしたいし、私が暗かったら周りの方々も暗くなっちゃうので。悲しい時間が少しでも減って笑顔が増えたらいいなと思って、すごくにこやかな気持ちで滑ることができたなって思います』

 

  晴れて世界選手権代表に選ばれた三原は、記者会見で、代表として名前を呼ばれるまで緊張していたと話す

『代表に選んでいただけてすごく嬉しくて、全日本以上の演技が世界選手権でできるように、またしっかり練習を積んで、自信を持って滑れるように頑張りたいなと思っています。これからもよろしくお願いします』

 

  苦い思い出が残る全日本で会心の演技を見せた三原は、世界選手権で再び感謝を伝える滑りを見せるため、鍛錬の日々を送る