『(内容は)ちょっと言えへんけど…』坂本花織を変えた″コーチとの大喧嘩”…全日本選手権3連覇の裏で日本のエースが泣いていた理由

  フィニッシュすると左こぶしを振り下ろし、右こぶしで氷に触れた

 

  12月24日、フィギュアスケートの全日本選手権最終日。大会3連覇を決めた坂本花織は解放された笑顔を見せた

 

  今シーズンは出場するすべての大会で優勝グランプリファイナルでは3度目の出場で初優勝を果たした

 

  充実の一途にあるシーズン前半の締めくくりである全日本選手権では、3連覇を期待される立ち位置で『本命』とされていた

 

  それに応えるようにショートプログラムはただ一人70点台の78.78点。フリーでもただ一人150点台の154.34点、合計では233.12点と2位に24点弱の大差をつけて優勝した。結果だけ見れば完勝と言ってよかった。でも万全な状態にはない中で大会を迎えていた

 

SP首位も…翌日″まさかの涙”の理由

  2週間前のグランプリファイナル後、体調を崩し1日寝込んだ日もあったという

 

『調子もコンディションも落ちてしまったんですけど、試合までに完全復活ができたら』

 

  ショートの前々日の言葉も、万全ではないことを示していた

 

  12月24日、フリー当日の午前練習ではジャンプで苦戦した。曲をかけて滑ったときには冒頭のダブルアクセルを着氷したが、トリプルルッツは転倒。コンビネーションジャンプ1つ目のトリプルフリップが2回転にとどまった。坂本は涙を流した。練習の時のことをこう振り返る

 

『息がすぐ上がるぐらい緊張していました』

 

  中野園子コーチも不調を感じていた

 

『あまりにも昨日から緊張していて、ぜんぜんジャンプが決まらなかったり、ばらばらで精神的に安定しなかったり』

 

  その理由をこう語った

 

『若い子たちの頑張りが、かなり重圧になって苦しかったようです』

 

コーチ「(大差の1位で)楽なんじゃないかなと思うんですけど』

  昨年の大会でも、当時中学2年生の島田麻央が3位に入るなど、ジュニアの世代の台頭があった。今年もトリプルアクセルと4回転トウループの大技をフリーに組み込んだ島田が3位、中学1年生の上薗恋奈が4位になり脚光を浴びた

 

  坂本は若い世代の活躍に触れ、こう話している

 

『自分自身、(ジュニアのときは)シニアの選手に1つでも勝ちたいという気持ちがすごくあって、全日本で何としてでも結果を残したいというジュニアの気持ちがすごく分かるので、それを上がって来させまいいと頑張って、自分も頑張ってやらないとなというのはありました』

 

  ただ、順位のことを考えるなら、ショートで大きなリードを奪っている中、プレッシャーをそこまで感じる必要はないのでは、という疑問が生じるのも不思議はない。中野コーチも『(大差の1位で)楽なんじゃないかなと思うんですけど』『重圧を感じるほうがおかしいんじゃないかと思いました』と語り、そして続けた

 

『自分ができるかどうかで自分にプレッシャーをかけちゃうので』

 

  順位がどうこうというよりも、自分がいかによりいい演技ができるかどうか。そこに重きを置いているからこそ生じたプレッシャーだ

 

中野コーチとの大喧嘩『(内容は)ちょっと言えへんけど…』

  しかし坂本は公式練習から立て直した。理由の1つに中野コーチとやり合ったことにあった

 

  中野コーチは言う

 

『「花織らしくない」と注意して、それからバトルしていました。何を言ったか覚えてないですけど』

 

  坂本はこう振り返った

 

『(内容は)ちょっと言えへんけど自分的には「今言わなくてもいいのに」っていう内容が来たから「それ言わなくていいんじゃないの」って言ったらめっちゃ怒られて負けました』

 

  笑顔で、楽しそうに話した

 

  再び中野コーチが話す

 

『いつもそうなったときは注意して、彼女は怒ったりするんですけど、落ち着いたら普通にできるというのがルーティンなので』

 

  思いをそのまま吐き出しぶつけることができて、それを受け止めることができる。2人の培ってきた関係を思わせた

 

坂本花織の″勝者のメンタリティー”

  中野コーチとの対話をきっかけに、『ぼーっとしたり、今日は友達が見に来てくれたので友達といっぱい喋ったり、トレーナーさんと一緒に散歩に行ったり、喋って発散して気持ちに切り替えることができました』と坂本は自ら立て直し、フリーでミス1つない演技へとつなげ、3連覇を成し遂げた

 

  よくよく考えれば、傍から他の選手との力関係をどう見られようと、3連覇を期して重圧感を感じないことは難しい

 

  そのうえで中野コーチが言うように、よりよい演技を、と希求する心がある。体調が万全ではない、練習も100%で来ていない中では、より重圧を感じただろう

 

  それでも打ち克った。課題としていたトリプルルッツは精度高く、動作やしぐさなど細部も磨かれ、表現として昇華していた。培ってきたスケーターとしての土台があり、そしてキャリアを糧としてきた。トップを走り続けるために必要なメンタリティーを問われての答えもその1つだろう

 

『演技は完璧を求め続けるんですけど、やっぱりたまには「まあいいか」というのも必要かな、というものがあって。あんまり自分に厳しくしすぎないようにしていて、例えばなかなかノーミスができなくて、急にノーミスができるようになったら、「自分すごい」みたいな感じで自分自身を褒めて伸ばすという感じで、今シーズンはずっとやってきています』

 

56年ぶりの快挙に向けて

  全日本優勝で来年3月の世界選手権代表に決まった。優勝すれば、56年ぶりの大会3連覇となる

 

『世界選手権3連覇は今シーズンずっと掲げてきた目標で、どうしても達成したいです』

 

  ミスのなかったフリーではスピンで取りこぼしがあるなど、まだのびしろがある

 

  スケーターそれぞれにスタイルがある中、自身のスタイルを信じて貫き、誠実に磨きをかけてきたなおその意欲を失わない

 

  重圧を何度も跳ね返してきた精神力と強さとともに、快挙へ挑む