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よく「私、霊感ないです」という言葉をお聞きする。
どうも昨今、霊感=幽霊が見えるの意味に使われていることが多い印象だ。
ちょっと違うんだなあ。
まずそもそもが霊感という言葉自体が若干微妙かなと思っている。
というのは「霊」の定義が曖昧というか、未浄化霊とか幽霊の意味になっていることも多いからだ。
まぁ霊の意味を定義すると物議を醸しそうだが、ざっくり、現代科学でデータとして扱われていないものとしよう。
それで言えば、幽霊も霊だし、生命力とかエネルギー的なものも霊だ。
大人が2人いるとして、2人とも健康診断ではなんの問題もないとする。
しかし、ひとりはものすごく存在感があってバイタリティーにあふれていて超元気。
ひとりはビクビクしていて存在感が薄く、線が細くて頼りない。
この2人を見て、ほとんどの人は前者を強そう、後者を弱そうと表現することだろう。
つまりこれは、データになっていない何かを見て言っているわけだ。
霊感の入り口とはすなわち、こういうところである。
「なんかそういう感じがする」「そんな気がする」のことだ。
確かになんにでも向き不向きや得意不得意、強弱なんかはあるものだ。
同じ「調理が得意」でも、普通の家庭料理が得意な人もいれば、フレンチとか寿司とか修行が必要な繊細さを求められる料理が得意な人もいるし、パティシエみたいなお菓子専門の調理が得意もあるわけだ。
霊感にも似たようなことはあって、幽霊とか未浄化霊とか悪魔、妖怪系に対して敏感な人もいれば。天使や精霊、アセンテッドマスターなど高次の存在に対してアンテナがある人もいる。
またはどっちもいけたり。
または、そのどっちでもないが、石の声が聞けたり、花や木と会話できたり。
こういったことも霊感の一種である。
更に言えば、人の体のことがなんとなくわかったり(整体整骨などのお仕事に従事されていらっしゃる方によくお見掛けする)
人の心や精神に関して鋭い感覚をお持ちだったり(HSPの方はこの傾向が強いね)
で。
ここが一番言いたいことなのだけれども。
本来霊感のない者は一人もいないのだ。
霊感があることが特別みたいなことになっている現代が歪んでいるのである。
というのは。
今は科学が進歩してあらゆるテクノロジーのおかげで生活が便利になったせいで、データ化されていないものが劣勢になっているだけであって、それらがなかった頃も人は普通に生きていたからだ。
天気予報を見る機会がなくても元気な農作物を作っていたし、医学が発達していなくても病気を治せたり軽減することができていたし、そもそも社会システムが明文化されたり法律の整備などされていなくとも神社やお寺を中心としてみんなにとって心地いい共同体は存在したのだ。
異論はいろいろあると思うが、見えない何かを全員が自然と感じていたからこそ成立していたものである。
繰り返すが、便利な世の中が、人が本来持っているものを退化させただけの話だ。
そして、ちょっと退化しているだけで、消滅したわけではない。
相変わらず全員の中にその力はあるのである。
だから、霊感があることを特別視したり神格化したりするのはちょっと違う。
そりゃ得意不得意とか、そこにだけ集中して時間を費やしてきている人はいるので、そこの差別化が当然あるよ。
本職の料理人と家で毎日ごはん作るだけの人がいるように。
しかし、霊感がない人はいないというのが本当のところだ。
もちろん、全員幽霊見れますとか全員神様と話せますとは言わない笑
そういうことが言いたいんじゃないからね。
それは、全員高級フレンチ作れますってわけじゃないっていうのと同じだ。
しかし、カレーとか肉じゃがとかなら全員うまい下手はあれどなんとかなるじゃないすか。
そういった類の話だね。
まずは、ご自身が何に関して敏感であるかを日頃からよく観察するとよいかと。
人によってはいわゆる幽霊とか天使とかじゃなくて、草木や花を育てるのが異様に上手いとか、動物とコミュニケーションが取れるとか、直感でその人に似合う服がわかるとか、そういったものも含まれる。
なんかしらの霊感に属する者を全員が持っているのだ。
取り戻そう。
あなたにもあるのだ。
そういった、元々備わっている何かが。
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