はじめまして | 加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

毒親育ち、アダルトチルドレン、恋愛依存(DV)などの実体験を元に、"わたし" を生きる方法を伝えています。
▶︎セッション実績…2013年〜 5000件以上
▶︎メディア…NHK(クローズアップ現代+/あさイチ他)/朝日新聞/他多数。
▶︎著書「ワタシの母は毒親でした。」

1983年 愛知県生まれ

名古屋市在住
 
 

 

刊行書籍

 

◼︎著書「ワタシの母は、毒親でした。」
〜アダルトチルドレンの娘と過保護で過干渉な母の6年間戦争〜
元恋人からのDV、母への殺意、絶縁、結婚…どう自分を回復させたのかを綴っています。
 
 

 

  

TV・新聞等 メディア掲載実績

 

朝日新聞 名古屋本社版

「私の母、毒親でした」

 

NHK「あさイチ」

女性リアル 母が重たい… 

 

読売新聞 ”オトナの親子"

 「親から否定」体験語り合う

 

朝日新聞 親子の「絆」に息苦しさ 

 過剰な期待 応えられず罪悪感

 

中日新聞 "アキバの傷痕 

無差別殺傷から10年 

 虐待「教育」の呪縛解けず”

 

 NHK名古屋放送局 「おはよう東海」

 生きづらさを抱える娘たち 

ネットで広がる #毒親 

 

 NHK BSプレミアム「おきて破り!」

 

・ NHK名古屋放送局「ナビゲーション」

     #毒親 〜ゆがむ親子関係〜

 

中京テレビ キャッチ

 「ワタシの母は "毒親"」

 

NHKクローズアップ現代+ 

     広がる「毒親」親のせいで生きづらい? 

 

NHK BSプレミアム「逃げるが勝ちの人生道」 

 
 
 
経  歴
 
22歳:大学卒業後、大手学習塾の一斉授業の講師として働く。

 

23歳:予備校に転職し、学習指導以外のすべての業務に携わる。DVを経験。

 

26歳:DVを受けた理由を解明すべく心理学を学び始めると、毒親育ち・ACであることに気づいてしまう。

 

27歳:絶縁とともに、法律事務所に転職。

 

28歳:入籍し、ハワイにて挙式。

 

30歳:自分を変える!と決意し、カウンセラー養成講座にて心理学を学んでいるうちに、気づけばカウンセラーとして独立。
 
 
 
 
幼い頃から生きている意味がわからず、自信がもてないまま大人になる。

 

 

2009年10月、自身の生きづらさを生み出す原因が親子関係にあったと気づき、親を罵倒する日々が1年続き、

 

何をしていても込み上げる親への怒りに、「親を殺すか自分が死ぬか」まで追い詰められ、2011年2月 絶縁。

 

 

結婚しても生きづらさに悩み、精神科やカウンセリングにも通い、自分と向き合うことを決意。

 

 

2年4ヶ月という時を経て絶縁を解消するも、なかなか母を許せない日々が続くが…

 

 

2015年5月、母親との関係が解消、

”毒親なんていなかった” と気づく。

 

 

母との間にあるなと感じていた最後の氷が溶けたと感じたときのレポートはこちら↓

矢印急遽実家に①

矢印急遽実家に②

矢印急遽実家に③

矢印急遽実家に④

 

矢印目に見えてわかるここ10年間の変化

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↑「この左の写真に元気をもらった」という声を何度も聞いてきました笑

 
 

憎悪期、どん底期、回復基を赤裸々につづるブログに、「自分も変われるかもしれない」と希望を感じる20~60代の女性からの支持を得て、今に至る。

 

《保存版◆毒親育ちを卒業する方法》

 

 
 

 

親に支配されていた人生だったと気づくまで
 
幼い頃のビデオを見るとお調子者でしたが、保育園、小学校と、社会へ出てみたら、聞き分けのいい「優等生」に変化、、

 

 
中学では学年トップの成績、地域で一番の公立高校に入学と同時に
「これで母親も喜んでくれただろう…」と燃え尽き、勉強ができなくなるも奇跡的に現役合格。
 

 

母は、「教育大学に通う娘は教員になる」と思い込み、塾講師になるというわたしを許さず、大学の教授に説得に来てもらい、内定書に印鑑をもらう。

 
 
社会人になり、人生で初めて挫折というものを味わい、泣きながら仕事に行く不安定な状態の中、勤務時間が15時間を超える日も…
 
 
プライベートではDVも体験し、レイプまがいなことや言葉の暴力は日常茶飯事で命の危機も味わい、
 
なぜDV被害にあったのか理由を解明すべく、とある心理学のスクールに入学後、
 
校長先生の
「自分の人生の地図は、自分で描くもの。誰かのために、描いていませんか?」
という言葉が人生を変えていくことに…
 

 

 

母親が毒親であること、自分は機能不全家庭に育ったアダルトチルドレンであることを受け容れるまで時間がかかりました。
 
 
受け容れた後は母を罵倒する日々が続き、だれかに相談しても、
 
「親でしょ?感謝の気持ちはないの?」
 
「勝手に結婚なんて、子どもできたらどうするの?」
 
「あなたのお母さんがそんな人なんて信じられない」
 
と言われ、たどり着いたのがここでした。
 
 
nana というのはわたしです。
 
 
母への憎悪が殺意に変わった自分が恐ろしく、母と絶縁し家を飛び出す…
 
 
  
結婚生活への影響
 
夫の両親のみを連れ挙式し、その後、「カウンセラーになりたい」と思ったけれど、悩みは消えず、情緒不安定な日々。
 

 

「いつか夫に離婚される」
と心療内科に行ったことも…

 

 
そんな中、ある出会いがあり、ACを克服したのを感じたのです。

 

 
 
 
さらに詳しい生育歴はこちら

 

プロフィール① 幼少期~大学生まで

プロフィール② 社会人~毒親育ちのACと気づいたとき

プロフィール③ 毒親との対決

 

わたしは、自分が

毒親育ち・アダルトチルドレン 

と気づいてから、母への怒りがこみ上げ、1年間毎日母を罵倒しつづけました。

 

 

実母が憎く、怒りは殺意へと変化し、そんな自分が恐ろしくなり絶縁しました。

 

 

でもそれだけでは、わたしの人生が

変わることはありませんでした。

 

 

 

絶縁から2年悩み、心療内科のお世話になったり、カウンセリングをつけたりし、本をたくさん読みました。

 

 

 

すると、

「母のせいではない、自信のなさが問題だ」

と自分とわかってきました。

 

 

自分としっかりと向き合おう!と決め、いろんなワークをしていくと、

 

"毒親なんていなかった"

というびっくりする境地に達し、

人生は本当に自分次第

という、本などに書かれていることがつかめたのです。

 

こう書きながら「過去の自分が読んだら信じてくれなさそうだな」と感じます^^;

 

 

 

 そして今は、自分の体験をもとに、

 

・親子関係のお悩み(毒親・毒親育ち)

・アダルトチルドレン・生きづらさ

・自分が嫌い・自信がないというお悩み

 

を切り口に、

 

自分の力で自分の人生を生きていく方法

 

”わたし” を生きる方法

 

をテーマに、女性のサポートをさせていただいています。

 

 

 

親子関係から自分を見直すことで、ますます自分を生き、自分を幸せにすることができる とわたしは断言します

 
 

 

 

 

 

加藤なほ