お久しぶりです。連載をぶった切って投稿します。文体を変えるべく「試作」としての短編です。ぐるっぽの映像作品に合うような文体を身に付ける為の練習です。私の文体にはかなり改善すべきところがあったので、こう言う書き方なら・・・映像に文字が当てられた際に、見栄えがよかったり、テンポがよかったりするのでは?と考えて書いてみました。話を書くのは難しいですね。
ネットが調子が良くなかったところにブラウザも唐突に閉じたりするので、パソコンの調子もおかしい・・・ようです。しばらく、更新やブログの閲覧などが滞るかと思います。
それは白雲母のようだった。その鉱石のもつ白さが、肌に、髪に、宿るかのように美しかった。端整な顔立ちには淡い琥珀の瞳が浮かぶ。迷う事無く、美しいとの言葉が口からこぼれた。脳裏には魔性、と言う言葉が過りる。魔ならば、しかたがない。この美しさはそういうものだと理解すると、随分と気が楽になった。何故かは変わらないが、妙に納得できたのだ。
朱い鳥居の下でそれは佇む。長い髪が風に舞う。夜を切り取った空白。そう錯覚させるような磨き抜かれた白雲母の指先がこちらを手招く。
それが動き出した時になって私は、迷いを覚えた。動かずにいてくれたのなら、それを一枚の絵として鑑賞する事も出来たのにと。むしろこの現実感の無さは、絵を鑑賞している様な気持ちにさせられる。
現にそのような心地よさの中に居たのだが、それが動き出した瞬間に現実が立ち上った。これは幻ではない。琥珀の瞳が瞬き、そこに宿る光に剣が増す。私はゆらゆらと招く手と、まなざしに観念して石段を上った。
そんなに急斜でもなく、長くもないのだが、それへの距離は長く感じられた。辿り着けなければいいとも思い、辿り着かないのではとも思う。不思議な思いにとらわれる。最後の段を上り、数歩のわずかな距離でもってそれと対峙する。挑むようにそれは笑う、こちらを試しているとその笑みが告げている。気に食わない。こちらの思いを弄ぶように、それはゆるりと形の良い唇を動かす。
「久しぶりだな」
「私は、貴方の事など知りません」
かけられたその声は耳をくすぐるようなテノールの声。絞り出した私の声は震えてかすれたように情けなかったが、それは笑みを消してこちらを見つめている。手招いていた手は組まれていた。
距離が縮まればその美貌に足がすくんだ。ただ恐ろしさだけが募っていく。
「怯える必要はない。殺すつもりはないと、はっきりと言っておく」
「言うだけなら、いくらでも言えますよ。貴方は人ではないですね」
「見て分かる事を口にする必要はないだろう?わざわざ口にしなければ分からんほど、察しが悪い頭をしているのか?」
組んでいた腕を解いて、右手を差し出すようにこちらへ向ける。すっかり馬鹿にされてしまったらしいが、美しいのは外見だけで性格の方は歪みきっているらしい。
私は特別負けず嫌いと言う事もなかったのだが、一方的に馬鹿にされるのは面白くなかった。何だこいつはと言う思いが湧き上がった途端に怖いと言う思考は落ち着いていた。
「私に何の用ですか?要件があるのでしょう?頭に話かけてきた声は間違いなく、貴方のものだった」
「そうだ」
「では、貴方の要件を教えてください。私が"見える人間"だと知っていたから、貴方は私を招いたのでしょう」
「そう急く事もあるまい。夜は長い」
白絹の衣をひるがえす。それはこちらに背をむけて境内を歩き出した。魔性の者なら、この清められた境内の中にはいられないはずだと自身に言い聞かせてその後をついていく。
砂利が敷き詰められた境内の脇には楠木が並ぶ。目前の本殿の右側に、ご神木として植えられた桜が深緑の葉を重たげにしている。月明かりが桜と本殿に注がれ、桜の咲く時期だったなら夜桜を楽しむ事が出来ただろうと残念に感じた。
「小さな頃は、この桜が咲くのを楽しみにしていた」
私は足を止めてぽつりと零した。自然と発せられた心情だった。
それは足を止めて振り返る。長く美しい髪が闇に流れる。
「知っている。お前は私を良く愛でてくれていた」
「そうか。貴方はこの桜の化生だったのか・・・それで、なぜ私を呼んだのです」
それは、桜の化生は、己自身に凭れて私を見据える。
樹齢が千年を超える神代の桜。蔦の様にうねり、広がる幹と枝は深緑の天蓋を作り出している。夜風に葉がざわめいて震える。葉の間から零れ落ちる月光と闇の狭間は明と暗、白と黒に分かれ、この世とあの世の境を示しているようだった。今、私は酷く不安定な場所にいるのだ。
「この根の下に、お前はこれを埋めただろう」
そう言うと、右手を私に差し出した。ゆっくりと近づいて、開かれたその掌を見つめると白雲母が握られていた。わずかに注がれる月光に白雲母はきらめく。それは確かに私のものだ。
「確かに、私はそれを埋めた。何故埋めたのはか思い出せない。いけない事だったのだろうか?」
「咎めているわけではないのだ。お陰でこのように形を持つ事が出来た」
「それは、つまり」
「この白雲母を触媒にして、今、私はここにある。永い間、この樹の中にいた。それで構わなかったし、それが良かったともいえる。だが、この白雲母には力が有った。私自身が望んだわけではなかったが、こうして人形を取る事が出来るようになった」
その説明を聞いて私は思い出した事があった。その白雲母は祖母から御守りにと貰ったものだったと言う事を。"見えないはずの者"を良く見てしまっていた私に祖母が手渡してくれたのだ。
祖母も幼い頃は良く"見えて"しまっていたらしく、祖母も母親から御守りとして渡され、ずっと大事にしていたと話してくれたのを思い出す。そうだ。そうして受け継がれてきたものだ。力が宿っているからこそ、御守りとして機能する。ただの鉱石ではなかったそれを埋めてしまったのだ。この桜の下に。
「私は貴方に謝るべきなのでしょうか」
「いや、謝る必要はない。謝罪を求めているわけではない」
それは白雲母を握り締め、差し出していた右腕を下すと樹に凭れていた身体を起こして私に向かって歩き出す。自然と距離が縮まる。恐ろしさはない。この化生がこうして人形をとっているのは私がそうしたと言ってものいいのだから。敵意は感じられない。殺されるような事は無いだろうと信じたかった。
都合のいい解釈だろうとは思う。人間と化生では思考のめぐりは異なる。敵意、殺意といった意などには関係なく、殺す事はするだろう。何気なく、無意識に、足元の石を蹴るような感覚で。
「では、貴方は私に何を望む?謝罪ではないなら、なんなのだろう。思いつかない」
「簡単な事だ」
「簡単、ですか?」
「あぁ。ただ、かつての様に私のもとへ来るだけでいい。そして、私と言葉を交わしてくれ」
「それが、貴方の望みですか。確かに簡単な事ですね」
化生の持つ琥珀の瞳が揺らぐ。その台詞を聞いて、何となく分かった。この化生は孤独だったのだと。
人形を得た事で声を発する事が出来るようになったせいもあるのかもしれない。声を使わずに私に意思をこの化生は伝達してきたが、そう言った手段ではなく、声帯を震わせて発せられる言葉で誰かと話してみたかったのだろう。その方が話していると言う感覚がする。やり取りをしている、と言う実感がわく。やり取りをする相手がいると言う事は、孤独ではないと言う事だ。
「わかりました。来ますよ、ここに」
私は化生に向けて微笑んだ。
化生も微かに微笑んでくれた。
「いつまで、来てくれるつもりだ?」
「絶対の保証は出来ませんが、そうですね・・・生きている限りは、としておきます」
満足そうに化生は笑みを深める。生きていれば、何事かはあるだろうから、途絶える事もある。それでもこの美しい化生の孤独を和らげる事が出来るのは今のところ私だけだ。この化生も生き続けて行けば、私の様に"見える者"に出会う事もあるはずで。でも、それを私は保証してはやれない。何も保証はしてやれない。
出来る事はただ一つ。言葉を交わす。ただ、それだけだ。