臓器移植を行なった患者さんに
神経系の機能障害が
有意に合併する‼️
骨髄移植に伴う
家族性
アルツハイマー病の伝播
;マウスにおける解析
今回の論文のポイント
・白血病や再生不良性貧血の治療に骨髄移植が行われているが、
これに伴って、アルツハイマー病(AD)が伝播する
可能性があるかどうか明らかにすることは重要である。
・本研究において、
Swedish APPを過剰発現させたマウスから
野生型マウス、又は、APPノックアウトマウスへ骨髄移植を行った結果、
アミロイドβ (Aβ)の蓄積や認知症状など
ADの神経病理学的症状を評価した結果、
ADが伝播することが示された。
・これらのプレクリニカルな知見が
ヒトの骨髄移植に適応出来るかどうかさらなる検討が必要である。
現代の医療では、
臓器移植を始め、幹細胞、輸血や血液由来の製剤を用いた治療など、
医原性感染を起こす危険性のある治療法が多く行われていますが、
深刻に捉えられているとは言えません。
神経変性疾患に関しては、
これまで、
プリオン病*1の一つである
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)*2の硬膜や角膜移植による
医原性感染がよく知られていますが、
ADやその他の神経変性疾患の原因となる
種々のアミロイド蛋白も
プリオン蛋白(PrP)に類似した性質を持つことから、
同様に医原性感染する可能性があるのではないか
という指摘がありました(図1)。
今回、
カナダBritish Columbia大学のChaahat S.B. Singh博士らは、
家族性ADの原因となる
変異型アミロイド前駆体蛋白
(APP: Amyloid Precursor Protein)
遺伝子の一つである
Swedish APP*3を過剰発現させた
マウスから別のマウスに骨髄移植したところ、
アミロイドβ (Aβ)の蓄積や認知症状など、
AD様の病理所見が伝播することを観察し、
その結果を報告しました(文献1)。
Swedish APPでは遺伝子変異により
Aβ42の分泌量が増加しますので、
CJDの医原性感染と同様に
プリオン様のメカニズムが関与しているのかと思われましたが、
野生型マウスと同様に
APPノックアウトマウスに移植した場合においても
ADの伝播が認められたので、
プリオンとは異なるメカニズムだと思われます。
論文発表から間もない現時点においては、
今回、
マウスで得られた結果を
ヒトに適用できるかどうか疑問視されていますが、
今後の動向が気になるところです。
文献1.
Conclusive demonstration of
iatrogenic Alzheimer’s disease transmission
in a model of stem cell transplantation,
Chaahat S.B. Singh et al.,
Stem Cell Rep. 2024, 19, 1-13
【背景・目的】
臓器移植を行なった患者さんに
神経系の機能障害が有意に合併すること、
また、
CJDの感染において、
PrP だけでなくAβが関与している可能性があることなどから、
ADの医原性感染が想定されてきたが、
これまで、本格的に研究されていなかった。
したがって、
本プロジェクトにおいては、
骨髄移植によって、
ADの医原性感染が起こり得る
可能性をマウスの実験系において研究することを目的とした。
【方法】
家族性ADの原因となる
Swedish APPを過剰発現させたマウス(Tg2576)を
ドナー(提供者)から
野生型マウス、
又は、
APPノックアウトマウス (雌雄n=7~10、6~8週齢)
を
レシピエント(受容者)として骨髄移植を行い、
ADの神経病理学的症状を評価した。
【結果】
移植後、
6~9ヶ月の間に、
Aβの発現量の増加、
認知症状の悪化、
脳血液関門*4の保全性の低下、
さらに、
脳内の血管新生が観察された。
これらの病理学的特徴は、
野生型マウス、又は、APPノックアウトマウス
のいずれにおいても同様に認められた。
【結論】
これらの結果より、
病的変異を有する対立遺伝子を持った
ドナーの神経病理は骨髄移植により、
効率よく、
レシピエントに伝わることが推定された。
この様な理由により、
臓器移植、
幹細胞による治療、
輸血や血液由来の製剤を用いた治療など、
医原性感染を少なくするために
ドナーのサンプルのゲノム配列を決定することを提唱する。
用語の解説
*1.プリオン病
プリオン病とは、感染性を有する異常型プリオンが脳に沈着する結果、脳神経細胞の機能が進行性に障害される致死性の病気である。ヒトにも動物にもみられ、動物のプリオン病としては牛海綿状脳症 (BSE)、いわゆる狂牛病がよく知られている。ヒトのプリオン病は、孤発性、遺伝性 (家族性)、獲得性の3つに大別される。孤発性には孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病 (sCJD)、遺伝性には遺伝性クロイツフェルト・ヤコブ病、ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病 (GSS)、致死性家族性不眠症 (FFI)、獲得性には医原性プリオン病、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病 (vCJD)、クールー病などが含まれる。人口100万人あたり年間約1人の確率で発症し、日本においては毎年100~200人の発病が報告されている。地域差や男女差はなく、世界各国で孤発的に発生している。
*2.クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease : CJD)
CJDは、脳に異常なPrPが沈着し脳神経細胞の機能が障害されるプリオン病の一種である。発生原因により孤発性プリオン病、遺伝性プリオン病、医原性の感染性プリオン病、変異型の感染性プリオン病がある。年間発生率は人口100万人あたり1例程度で、世界中で発生があり、我が国でも毎年100例から200例の発生がある。我が国で発生があるのは孤発性プリオン病が多く、次いで遺伝性プリオン病、稀に医原性やその疑いのものもある。変異型は、変異型の発生が多く報告されていた英国への渡航歴があった1例(2005年2月報告)のみである。病原体は、核酸を持たない感染性を有する異常プリオン蛋白である。孤発性プリオン病は発生原因が不明とされている。遺伝性プリオン病は、異常PrP発生遺伝子の変異が特定されており、それが原因で発生するものである。感染による感染性プリオン病は、医原性と変異型がある。医原性は医療行為によりヒトからヒトへ感染するもので、ヒト由来の乾燥硬膜や角膜の移植手術、ヒト下垂体由来の成長ホルモンやタンパク質ホルモンの使用により感染する。変異型は、牛の海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy : BSE)との関係が指摘されており、BSEの牛の脳、脊髄など異常PrPが蓄積されやすい特定危険部位を食べることにより感染する可能性がある。
*3.Swedish APP
Aβは、βアミロイド前駆体タンパク質 (APP: Amyloid Precursor Protein) から βセクレターゼと γセクレターゼにより切り出されることにより生成される。早期発症型家族性アルツハイマー病患者から APP 遺伝子の変異が報告されており、その変異の一つにSweden 変異がある。これは βセクレターゼ切断部位からN端側の2アミノ酸に変異 (Lys670→Asn とMet671→Leu)がある。Sweden 変異は Aβ、特に Aβ42の産生を亢進させる。
*4.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)
血液脳関門の解剖学的実体は脳毛細血管であり、脳室周囲器官を除いては、内皮細胞同士が密着結合で連結している。当初BBBは、この構造的特徴によって、細胞間隙を介した非特異的な中枢への侵入や、脳内産生物質の流出を阻止している物理的障壁と考えられてきた。しかし現在では、BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念が確立している。BBBには、多様なトランスポーターや受容体が内皮細胞の脳血液側と脳側の細胞膜に極性をもって発現し、協奏的に働くことによって、循環血液と脳実質間でのベクトル輸送を厳密に制御している。中枢作用薬の開発には、良好な脳移行性を持った候補化合物の選択が必要であり、ヒトBBBの解明が不可欠である。