んふんふ(本日映画版の「えんとつ町のプぺル」を鑑賞しました。これは西野亮廣さんの同名絵本の映画化ですが、絵本の内容をそのまま映像化したのではなく、絵本には描かれていなかった設定やキャラクターが描かれ、また絵本の設定が一部変更されているので、絵本を読んだ読んだことのある人でも楽しむことができます。原作者の西野氏の評価は毀誉褒貶ありますが、それはまず一旦脇に置いて、スチームパンク、ディーゼルパンク、工場風景、ドイツ表現主義、サイバーパンク×猥雑なアジアン要素が好きな人は観て損のない作品です。ぶっちゃけストーリーは凡庸で特筆するべきことは何もありません。というかぶっちゃけかなり穴があります。その一方、世界観の造り込みと風景のモデリングがとにかく素晴らしく、先に挙げた要素を全て兼ね備え、しかもそのどれでもない、全く新しい「昭和パンク」を提示している作品でした。)

 

 

 

本作の斬新な点は、スチームパンクに昭和、それも浅草がまだ日本のエンターテイメントの中心地だった時代の東京の下町の要素を加えているところ。「これはもしかして神谷バーでは?」「これ浅草ROXの壁だろ」「塔そのまんまスカイツリーじゃねえか!」と、どこかで見たことのある風景が多数。おそらくこれに一番近いのは「AKIRA」の世界観がかもしれませんが、同作は80年代の昭和の東京でサイバーパンク寄りなのでやはりレトロ感溢れる「えんとつ町のプペル」の世界観とは異なります。

 

 

 

その一方、プペルの登場シーンの演出が「ノスフェラトゥ」だったり、白亜の塔の頂上に街の支配者が住み、下層階に労働者が住んでいるという「メトロポリス」オマージュな設定だったりとドイツ表現主義に目くばせしているのが最高。きっとこの2作はホラー映画とSF映画、というかもう映画の基礎教養なのでしょう。

 

 

 

 

 

SF作品において高層・多重な街並みに猥雑・混沌としたアジア要素を加えるという様式美を一番最初に示したのはリドリー・スコット監督の「ブレード・ランナー」でしょうが、同作は非アジア人によって製作されました。それに対しSFに昭和の風俗を加える世界観は完全に日本発で日本人によって作られています。もしかしたら我々は、今まさに新たなSFのサブジャンル「昭和パンク」が生まれた瞬間に立ち会っているのかもしれません。

 

 

本作のえんとつ町の経済システムの元ネタはシルビオ・ゲゼルの「自由地と自由貨幣による自然的経済秩序」にある減価通貨でしょう。「えんとつ町」の金は時間経過により「腐る」。だから貯め込む意味がなくなり、むしろ急いで使わなければならないため経済が爆速で回る。また劇中の描写にて、町は採掘も行い石炭らしきものを産出しており、また工場もあるためエネルギーも物資も自給自足できることが示されています。地産地消に加え爆速で回る経済、最強のスモールシティです。

 

 

 

 

この減価通貨は資本主義社会の代替案と言われており、また本書の著者シルビオ・ゲゼルは反マルクス主義的社会主義に立脚した経済学者として知られています。つまり減価通貨は現在の資本主義経済でもなく、社会主義でもない新たな経済システムということになります。ちなみに減価通貨は大恐慌後にスイスで一時的に実験されたが本格導入には至りませんでした。まあ金を貯め込む意味がなくなれば銀行が必要なくなるのだからスイス銀行と財務省が黙っているわけがないですからね。「えんとつ町のプペル」でも最初に腐る金を考えて町を作った経済学者は中央銀行に睨まれて殺されていました。

 

この減価通貨を「時間経過により価値がなくなる金=一定の期間内に使わなければならない金」と考えると、現代ではクーポンやポイントがこれに相当しますが、減価通貨経済にも欠点はあります。それは、一定時間を過ぎると価値がなくなる通貨”しか”なかったら、絶対に人は「価値が減損しない何か」と交換し、その何かが投機対象にするであろう人間の飽くなき”欲”と”工夫”です。例えば鉱物や腐らず日持ちする穀類、種や球根、美術品など。17世紀のオランダでは球根が投機対象になりバブル景気と崩壊が起こりましたし、日本でも大正7年の米騒動は米が投機対象になったせいで起こっています。どんな時でも抜け道と第二の案を考えてしまうのが人間です。ちなみに米騒動は富山から全国に波及し、最終的に当時の総理大の寺内正毅が「体調不良」を理由に辞任するまでに至り、その後”平民宰相”原敬が誕生します。なお、奇しくも当時はスペイン風邪が世界的に大流行していた時期なので、現在の日本の状況と非常によく似ています。

 

本作の”穴”は、経済面で減価通貨をモチーフとするなど作り込みと考察が為されている一方、歴史面からのアプローチがまるで為されていない点です。だって独自の文化と経済システムを持っているこれまで鎖国していた国が、いきなり開国をしたら絶対に他国と戦争になりボロクソになるに決まっているのだから。その決断の重さを劇中のリーダーは考えていたのか?っつーか完全に勢いで甲斐国を決めただろ!…と、ラストの展開でどうしても白けてしまうのです。

 

でもまあアート面では見るべき点が多い作品なので見て損はありません。昭和パンクもっと流行ればいいのに。