是枝裕和監督『怪物』を見たのでネタバレありで感想を書きます。
面白い、と表現するのは語弊がありそうな気がするが、興味深いと言う意味で。私は好きだった。
そして好きがゆえに苦しい。飲み込めない苦しさがある。
映画は大きく3つのパートに分かれていて、それぞれの視点から語られる。
ここの分け方も、導入が早織っていうのも良かったし、合間に校長のエピソードが入るのも良かった。
それぞれのパートがテロップとかではなく、消防車が走る遠景から始まることで、パートの始まりとわかるのもさりげなくて好き。
早織のパートは、なんというか良くも悪くも観客として腑に落ちるところが多かった。
でも実際、後々色々な人の言動や思考やタイミングが掛け違った故に歪みが一気に崩れるわけだけど、
行動に関しては正直早織の立場ならこうするんだろうなと思うところが多かった。
子供の心と体の安全を1番に考える姿勢についても一貫している。子供が嘘をついているのでは?ということを一度疑わず信じてみるというのも、私は結構納得しながら見ていた。
(結果話が大きくなりすぎてはいるけど、はなから子供の言うことを全く信用せず突き放す親よりはいいかなと…)
個人的には台風の朝、保利先生からおそらく作文のことを聞いたであろう早織の話がもっと聞きたかったな。
保利先生のパートは…これは難しい。
色々あるけど、1番掛け違ったところの影響が大きかった人だろう。
著しく人とのコミュニケーションや、場の空気を汲み取る行動が苦手というのはあるだろう、丁寧にヒアリングをして、報連相ももうちょっと綿密にやっていたら…とも思うが…。
ただ、保利先生は子供達には概ね好かれていただろうし、湊は悪意から保利先生を売るような発言をしたわけではないと思う。おそらく消去法でしょう。
依里は湊の話に整合性をつけるために教員の前で証言したのだろうと思う。
あと、こどものいじめや嫌がらせは基本大人が見てないところで起こるので、保利先生が気づかないのが全ての原因というのも乱暴な気がする。
校長と学校側に片付けられた点もある。保利先生自体にも要因があるが、一概に“こいつはヤバい”という括れる人ではないんだ…。
校長はもっと難しい。
校長に関してはあと20〜30年生きないと語ることができないくらい計り知れないので何も書けない。
ただ、子供時代を思い出しても昇降口にガムが落ちてるシチュエーションって見たことないので,ヘラでずっと削ってるのが違和感だった。もしかして、自作自演…?
合間に依里の父親の話します…?
全く共感はできないが、依里を愛しているって言う人だと思う。愛しているからこそ普通になるよう自分が導いてあげたい、っていう気持ちで結果、その方法が極めて異常だったというところでしょうか。
あと、おそらく世間体が何より大事なので、(自分が信じる立派な)息子を育てないとという強迫めいたものを感じる。母親よりも自分の方が不自由なく依里を育てられるという自負もあるのだろう。
台風の朝は…。きっとまだ、自分の過ちに気づいて心から詫びているわけではなく、ただただ呆然としている姿のように思う。
…胸糞悪くなってきたのでこの辺で。
そして湊と依里パート。
何と言ってもまず、黒川想矢さん演じる湊と、柊木陽太さん演じる依里。
2人の瑞々しいお芝居、そしてまっすぐな目の力に心が鷲掴みになった。
湊は本当に成長著しい時期、自己が固まる前の自分でもよく分からない自分に出会った時の困惑や不安のような何ともいえないあの感情に人知れず葛藤する姿が非常に細やかに感じられた。
とはいえ、依里といる時の楽しい時の無邪気な笑顔も素晴らしかった。
依里は自分も、周りも、良くも悪くも理解できてしまっているようだった。達観している。
それ故にその対策ではないけど、どう振る舞えば1番穏便に渡っていけるかということにしたがって行動しているように見えた。
物腰柔らかいけど感情をやたら露わにせず淡々と…そこがなんと言うか、寂しくもあり凄くもあり。
だからこそ湊の前で見せる屈託のない顔見ると泣いてしまう。
湊と依里が出てくるシーンは正直全部がお気に入りだけど、個人的に感じ入ったシーンがある。
湊が自分の父親が浮気相手と外出して事故死したことを依里に話すと、依里が「だいぶ面白いね」と淡々と言う。
続けて湊が、浮気相手がダサいニットを着ていたことを話すと依里は「へぇ」とだけ相槌をうつ。
多分この話は、親戚縁者のなかでひた隠しにされてきたことなのだろう。
物語の舞台の町では、おそらくいろいろな噂話があっという間に広がる。保利先生がガールズバーにいたという根も歯もない噂まで。
湊が父親のことを学校で迂闊に話そうものなら、そんなセンセーショナルな話は町中に広がったことだろう。
もしかしたらそれでも早織なら淡々と生活していけるかもしれないが、精神的に苦痛を感じることは間違いない。
みんなが何気なく話す家族の話も自分は秘密にしていないといけないというのは、なかなかストレスなことだと思う。
そんな、広がった瞬間終わりな話を依里になんて事ないような口調で打ち明ける。
しかしなんて事ないようで、湊としては勇気のいる事だっただろう。
依里もそれに対して淡々と「だいぶ面白いね」と答える。
とにかく依里の返しがうますぎる。絶妙に誰も傷つけていなくて、絶妙に目をそらしながら言うところも凄い。
これは勝手に思ってることだけれど、これは依里の優しさじゃないかと思ってるんだよなぁ。
湊はこれを聞いて、どれほどほっとした事だろうと思う。腫れ物に触られるでもなく、茶化されるでもなく、依里は普通に話を聞いてくれる。
どれほど胸のつかえがとれたことだろうと思ったら、
思わず泣いてしまった。
依里の父親のことを知っていたから、類似として自分も同じように父親の話をしようと思ったのかもしれない。
けれどもそれ以上に、湊が依里のことを心から信頼していて、だからこそ周りに言えなかったことも言って欲しかった。湊にとって依里はそれくらい大きな存在なのだというのがよく分かるシーンだった。
そして“怪物だーれだ”のシーン。
ところで、秘密基地で遊んでいる彼らの遊びって凄く年相応の子供らしくてひたすら微笑ましいよね。
問題に豚が出てくるのもちょっとドキッとするけど、
“敵に襲われると体中の力を抜いて諦める、感じないようにする”のヒントで、
「僕は星川依里君ですか?」と湊が答えるシーン。
依里、この時どう思っただろう…。
前述で依里が達観していることについて書いたけど、依里の周りには依里と同じフィールドにいる人間がいなかったんだろうなぁ。それにもかかわらず依里の世界が狭すぎた。
だから諦めるしかなかったし、それに対して歯痒さもなかったのだろう。諦めていることに気がついている人がいるなんて、きっと依里は思っていなかっただろう。
湊は依里をよく見ていて、見抜いていたんだと思う。
多少の勇気も必要だったと思う。けれど目を逸らさず「星川依里君ですか?」と真っ直ぐ刺してきた。
依里、驚いたし、嬉しかったんじゃないかなぁ。いつものようにリアクションはクールだったけど。
どうするってわけではないけどちゃんと見つけてくれる人がいたって分かったのは、依里のこれまでの対人関係において大きな出来事だったんじゃないかな。
なんてことない会話の端々から、視線から、2人が互いを本当に大事に思ってるんだなというのが伝わってくるのが温かくて愛おしくて、涙が出る。
そして2人の視点から見ると、早織や保利先生、校長先生たちの言動は違った印象を受ける。
そして大人たちや他の生徒たちから見た湊と依里の言動はどうであっただろうか。
改めて登場人物の言動を振り返ったときに,ハッとする。
そしてどんな人間も時として誰かにとっての怪物になる。
前述の感想も、また別の誰かの視点から立てば理解に苦しむ部分もあるかもしれない。
終盤のシーン。
晴れた空の下、柵の行き止まりのない線路を湊と依里が走って行く。
シーンの解釈には色々あると思う。
(数刻前まで浴槽の中で朦朧としていた依里があんなにすぐに全力で走れるだろうか、とかね。)
それでもあのシーンを表現するなら、あの猛烈な台風で世界が洗い流され、吹き飛ばされ、2人が今のまま笑顔で生きていける場所に生まれ変わった、
もし世界が変わらなかったとしたら…2人がいわば違う世界に流れ着いた、
といったところのように感じた。
ただただとにかく彼らの笑顔が愛おしく、微笑ましく、祈らずにはいられなかった。
みんなが幸せを得られる世界へ変わっていけるように。
そしてこの作品について書くなら、やはり音楽のことも。
坂本龍一氏作曲の劇伴がとても良かった。
劇伴の役割はシーンを盛り上げたり、印象付けたりなどいろいろあるけど、
この劇伴は何というか、徹底的に寄り添うというか、
あくまで主役は画であり、その画を全体的に包み込むように音楽が存在しているようだった。その距離感がとても心地よかった。
そして最後の『Aqua』が残す余韻。映画を観た後も音楽を聴くと甦ってくる。
心にじんわりと残る作品だった。
シナリオブックも可能であれば読んでみたいなぁ。
そして、とにかく挙げればきりがないほど、繋がった時に感動する箇所が多い。