観た人の数ぶん『SERI~ひとつのいのち』 | 拝啓、ステージの神様

拝啓、ステージの神様

ステージには神様がいるらしい。
だったら客席からも呼びかけてみたいな。
観劇の入口に、感激の出口に、表からも裏からもご一緒に楽しんでみませんか。

ミュージカル『SERI~ひとつのいのち』が博品館劇場で幕を開けた。
大阪での2公演も含む全18公演。

チラシの中面やパンフレットのプロフィールページでは皆、ブルーの服を身にまとっている。
原作の最後の章にその色の文字を見つけていた。
そして、舞台に現れたミュージカル『SERI』の登場人物たちの服の色は……。

実話を元にしたミュージカル。倉本千璃さんとその家族の物語。観客はそれを観に来る。受け止めに来る。
でも開演と同時に、正解や不正解を探る物語ではないことを予感させてくれる。
それは表題曲「SERI」の歌詞「これはきっとあなたの物語」という言葉にも誘われて。

舞台には10人のキャストと音楽監督・桑原まこさん率いる4人のミュージシャン。
コロナ禍で、人とは距離を取り、マスク越しに相手を見る生活に慣れきった日々の中で、無意識的に欲している空気がそこにはあった。
振付も担う下司尚実さんの演出は、見て、感じて! と強く押し出すのではなく、ここにあるからね、ここに置くからね、ほら……みたいだ。

そして、千璃ちゃんが生まれるところから物語は始まる。
千璃を演じるのは山口乃々華さん。
しなやかな身体を体という意識も超えるように動いていく。
型とか振りがあることを感じさせない自力を感じる。
そうだ、自力だ。
両眼に眼球がなく生まれた千璃の自力。鼓動。
笑みを浮かべたり、苦しみや痛みを表現するのも自力。
綺麗に踊る、正しく舞う、そういうこととは一線を画す表現に、いのちの力強さを感じさせる。



母・美香を演じるのは、奥村佳恵さん。
喜怒哀楽のすべてが通常の何十倍にも濃縮されているようで、メロディーがなければ目をそらしたくなってしまうほどの緊迫感で駆け抜ける。
頑張る人にガンバレと言えないとか、精一杯の人に「あなたならできる、あなただからできる」とやさしそうでキツイ言葉を発してしまう現在(いま)、その現在の真ん中に立っている美香がそこにいた。




自分の歌声に酔いしれて、感情と観客を置いてけぼりにする……みたいなことがない演技は、いわゆるミュージカルが苦手という人を納得させる力がある。

 



いくつもの役を担うキャストたちにも注目したい。
美香夫婦と対立する医師のオオクボを演じるのは植本純米さん。舞台上で小柄に見えたことに驚いた。これまでの印象より圧倒的に小柄で、言い換えれば小者に見せていたのだ。
役者は体重を役によって増減させたりすることはよく耳にするが、そういうことではなく、存在を小者に見せられるという特殊技能のように見えた。
全くキャラクターの異なる丈晴の母役もまた、目が離せない。



 

オオクボ医師の担当弁護士、セガールを演じるのは小林タカ鹿さん。
スーツ姿が似合うのは誰もが承知のところだろうが、効果音や音の演出で表すような情景、緊張感やそれと真逆のものを歌声や動きで変幻自在に表現していた。
実はあのシーンでも出ていたんだよね、と後で種明かしされて驚く……みたいな変幻自在さだ(そういうものが実際にあるわけではないが)。


 

美香の弁護士、ミラーを演じるのは樋口麻美さん。
正しき人を折り目正しく見せながら、美香の心に寄り添う内側のあたたかさがにじみ出る、血の通った人を表現している。
数々のミュージカル作品での実績が物語るハーモニーの背骨としての存在ももちろんのことだ。

美香側とオオクボ側との話し合いの仲介役となるメディエーターを演じる長尾純子さん。
ふり絞るように出す台詞の声が特徴的だ。人は感情を持った生き物であること、それを相手にぶつける術はいろいろだけど、本気でぶつけることの大切さを最後に教えてくれる。


 

内田靖子さんは形成外科医をはじめ、数多くの役を担う。
シリアスなシーンが続いた後の、ポップなナンバーは、曲の力に役者の力が加わることで、観客の肩に入った力をすっと一瞬軽くさせてくれる。このメリとハリは公演を重ねるたびにより鮮やかになりそうだ。

同じくポップなシーンでの歌やダンスが多い小早川俊輔さんは、物語の後半、千璃の学校の先生役も印象的。
若さや情熱はおさえ、見守る人としての強さや包容力を短い時間でもしっかりとにじませる。

 


 

書記官や医師役を演じる辰巳智秋さんは、歌声で世間を感じさせる。突き放すような強い歌声は、紛れもなく世間を感じさせ、包み込むような歌声は、あきらめなくていい、信じていいと思わせてくれる。


 

そして千璃の父・丈晴を演じるのは和田琢磨さん。
決して器用とは言えない新米の父親。美香との夫婦としての距離感、娘への愛やとまどいを正直に演じている。
その正直さは曲にも乗り、丈晴が抱えていることも知りたい、理解したいと観客を惹きつける。


 

千璃、美香、丈晴。家族が家族を抱きしめるときのぎこちなさ、手探りさが何よりリアルで、嘘がない。

開演と同時に、正解や不正解を探る物語ではないことを予感させられた私たちは、そのラストを見届けた後に、何を感じるだろうか。何を受け止めるだろうか。
言葉は少なくてもいい。上手く表現できなくてもいいから、感じたことに蓋もオブラートもせずにいられたらと思う。

『SERI』というミュージカルを観たよ
どんなお話?
千璃ちゃんという実在の人物がいてね……

その先は自由。その先は観た人の数ぶんあればいい。
きっとある。


(写真:オノデラカズオ/提供:conSept)

☆公演パンフレットの編集・取材を担当させていただきました。
コチラからもお求めいただけます。

<公演日程>
2022年10月6日(木)~10月23日(日)
博品館劇場

2022年10月22日(土)~10月23日(日)
大阪 松下IMPホール