雨降りの日曜日
私自身は座禅会にはかれこれ10年近くお世話になっているけど、今日初めて主人と息子の三人で参加することが出来、私にとっては記念すべき日となった
小学校低学年より何度かお世話になっていて、今回も「座禅会行かない?」の誘いに、二つ返事で「いいよ~」と言ってくれる息子とは違い、早朝に起きて座禅会に向かうのをずっ~と面倒がっていた主人
を何とか説得してやっと実現したのだ
早いもので今年も折り返し、後半に入った7月
しっかりと心を清めて、新たな気持ちで
スタートを切りたかったので、家族揃って参加出来たことはとても有意義だった
久しぶりに参加した息子
テニスで鍛えた筋肉が邪魔してか、
体が堅くて結跏趺坐(両足を組み合わせて
両腿の上に乗せる座禅の座り方)どころか、
あぐらもまともにかけないでいた
元々体が堅い上に、足首の骨折で足が上手く組めない主人も、あぐらが何となくぎこちない
大丈夫かぁ~?と二人を気にかけながらも座禅がスタート
庭に叩きつける様に降る雨の音を聞き
雨で立ち昇る土や草の匂いを感じながら
自分の意識が自然と一体化していく様な
感覚を楽しむ
一呼吸一呼吸噛み締めるように息をする
生まれてこの方、常にし続けている呼吸
でもこのような機会がないと、呼吸の大切さ、自分は呼吸をしているから生きていられるという事に、改めて気づく事もないだろう
生きることは呼吸をすること
座禅会を通して、御住職がいつもおっしゃる事が理解出来るようになった
千葉県では一般的に8月が御盆だけど、千葉市は例外的に7月が御盆らしい
法話の中で、御住職が御盆についてお話くださった
お盆は、サンスクリッ語「ullambana(ウラムバナ)が語源となっていて、その音写
「盂蘭盆」(うらぼん)の略だそうだ
「ullambana」は「手足を縛って逆さまに吊るす」という意味だそうで、苦痛な様を指しているらしい
何でそんな恐ろしい事が語源になっているんだろうかと思ったが、
これが転じて、施しや供養によって
「先祖の苦しみを取り除く」
というのが御盆の由来になったそうだ
心を込めて手を合わせ、先祖の成仏を
祈る
それによって、生きている人間の
幸せにも繋がる
今年の御盆は、その意味も噛み締めながら
お墓参りをしようと思う
雨に濡れるお寺のお庭を愛でながら、
今日も充実した時間を家族と、お仲間方と分かち合えた事に感謝