ロサンジェルス郡グレンデール市には、慰安婦に抗議する「少女像」が、韓国系住民に依って設置された。グレンデール市はロサンジェルスの北東に隣接し、戦前は住民の殆どが白人で、アメリカ社会を震撼させた白人主義の秘密結社「KKK(ケー・クラックス・クラン)」が本部を構えており、排他的でそれ以外の人種は住めなかった。それでも僅かな日本からの一世とアメリカ生まれの二世農家や花園業を営む日系人が、白人社会の中でひっそり暮らしていた。  
  グレンデール市に慰安婦像が設置されるというニュースが伝わった。グレンデール市は約二十万の人口を抱えるが、その中の約五万五千名はアルメニア系で占められている。そして、韓国系は一万人を超え、日系は二百名程度である。また、市長がアルメニア系で、市議会も六名中の4名はアルメニア系で構成されている。慰安婦像の設立提案当初は公聴会も開かれ、市議会も慎重だったが、韓国系の強力な嘆願と賄賂が功を奏し設置に傾いた。当然、グレンデール市在住の日系人は抗議したが、多勢に無勢だった。
 何故、韓国系がグレンデール市に慰安婦像を計画したのかと考えると、見落としてならないのは、グレンデール市民の四分の一がアルメニア系ということだった。この国のことを知れば、グレンデール市が慰安婦像の設置を許可した理由が判るのである。韓国系はアルメニア国の歴史と強制慰安婦を重ね合わせれば、グレンデール市議会を動かせるのではないか、と考えたのだった。

 コーカサス地方にあるアルメニア国は、国民の殆どがクリスチャンだが、周辺諸国は殆どがイスラム国で、隣り合うイスラム国のオスマン・トルコ帝国とは、昔からいざこざが絶えなかった。  
 今から約百年前の第一次世界大戦が勃発した1915年、トルコに住むアルメニア人が強制連行され、シリアやイラクへ国外追放させられた。また、約150万人のアルメリア人が虐殺され、女性はレイプされた。これを「アルメニア人の大虐殺(アルメニアン・ジュノサイド)」と呼んで、今でも国交は殆ど断交状態にある。

 何としてもグレンデール市に慰安婦像を設置したい韓国系に、この「アルメニア人の大虐殺」は、何にも得難い説得力の材料だった。未だに大虐殺を認めようとしないトルコ政府に憤りを覚えるアルメニア系に、「戦時中、日本軍が性奴隷として強制連行した」と捏造歪曲し、事実のように訴えたのだった。 
 虐殺やレイプに敏感になっているアルメニア系市議会は、韓国系の言い分を鵜呑みにした。グレンデール在住の日系人は1965年の日韓基本条約を説明したが、市議会関係者に聴く耳は無かった。慰安婦像に抗議する日系人の抗議は、取るに足らぬものとなった。

 ロサンジェルスの領事館に、「慰安婦像の設置は『アルメニア人の大虐殺』の歴史が大きく関与している。韓国系の市議会へのアプローチは、アルメニア系の心情に訴えており、形勢は極めて不利である。それでも、アルメニアン長老会を通じ、市議会への懐柔作戦を取らない限り、韓国系の言いなりに終わる」と具申書を提出したが、無しの礫だった。果たして、読んでくれたかどうかも不明である。慰安婦像が現実に設置されてから慌てたのが、日本政府と総領事館だった。だが、捏造歪曲されたストーリーを刷り込まれた市議会の認識が変わる筈がなかった。

 すると、新たに慰安婦像の撤去を裁判に訴える団体が発足した。目良浩一氏を代表とするNPO法人GAHT(歴史の真実を求める世界連合会)だった。しかし、この突然湧き上がったグループはグレンデール市議会に対し、裁判で撤去を要求するというもので、従来のグレンデール在住のグルーとは相容れなかった。裁判に訴えようと独走するGAHTに、地元グループは無視されたのだった。
 そして、ロサンジェルスでGAHTによる、提訴の経過と寄付金を募る討論会が催され、GAHTの目良氏と日本から大学教授の藤岡信勝氏がパネラーになり、裁判の進捗状況と質疑応答が行われた。この時も、目良氏のグループとグレンデール在住グループが丁々発止やり合い、結束出来ない日系社会を浮き彫りにした。

 この討論会で、私は違う観点で意見を述べた。「最早、慰安婦像は設置されており、日系が裁判で撤去を訴えても、市議会と韓国系は反対するだろう。太平洋戦争時に起きた事柄なので、その時に歴史の現場にいたアメリカ軍部を巻き込まない限り、真実は晴れないだろう」と述べた。 
「日本はアメリカ軍に降伏し、南方でアメリカ軍と対峙していた日本兵士は捕虜となったが、日本兵と行動を共にしていたのが『従軍慰安婦』だった。この慰安婦には、日系二世兵とアメリカ兵が尋問を行った。そこで判ったことは、軍票ではあったが、多額のお金を持っており、殆どの慰安婦が自ら進んで志願したことが判明した。このことから、アメリカ兵は、朝鮮人慰安婦のことを『コリアン・ピー』と呼んだ。『ピー』とは ”Prostitute” のことで、『売春婦』のことである。従って、アメリカ陸軍の正式な記録なら、アメリカの司法局も傾聴するだろうし、グレンデール市議会にこびついた概念を覆すには、陸軍内部から慰安婦の真相を引き出すことが大事ではなかろうか」と述べた。私の意見を聞いて、藤岡氏は「本当に良い意見を聞いた。このことを知っただけで、ロサンジェルスに来た甲斐があった」とおっしゃった。

 だが、2014年2月、連邦地方裁判所に提訴していた裁判で敗訴した。更に高等裁判所でも敗訴が決定した。裁判で敗訴したが、日系のやり方にも問題があった。目良氏のグループは、グレンデール在住グループを上手く取り込んで立ち回るべきだった。その点、韓国系は一糸乱れず、慰安婦像設立に邁進した。その結果、現地での寄付金も多額が集まった。2017年2月、DAHTが連邦最高裁判所に請願書を提出し、日本国政府も意見書を提出した。だが結果的に棄却され、グレンデール市の慰安婦像撤退問題は敗北した。

 

Sameshima Steve