久々の更新。
東北(青森)の桜はいまごろ満開なのではないでしょうか
今日はちょっと懺悔のつもりで書こうかな
明日は4月24日、 僕の親父の命日であります
もう何年も墓参していない
こんな親不孝者もそういないだろうな
親父は肺から心臓の裏に転移したガンで亡くなった
国立癌センターで開胸手術をしたときには手遅れだった
残りの時間を実家で過ごさせてあげたかったのでそのまま帰郷
4月24日、その日父は
「気分が良い、近所の公園の桜が満開のようだから見にいきたい」
と母を誘った。
母が着替えをして準備しているあいだに親父は洗面所で吐血
血が気管に詰まって帰らぬ人となった
職場で知らせを聞いて病院に駆けつけ病室ではなく霊安室に案内されたとき
全てを理解した。 硬い台に横たわったままの父
涙は流れなかった。
何故なのか当時はわからなかったが現在では判る
悔しかったんだ。何もできないまま父を逝かせてしまった不甲斐なさ
そのせいだろうか親父の夢を2度ほど見た
何年か前の夢
夢の中で僕は3歳~5歳くらいなんだが、精神は現在の年齢
明るい日差しが差し込んでいる居間に親父は背中を向けていた
あぐらをかいて畳の上に新聞を広げて読んでいるような感じだった
亡くなった時の歳ではなく、よく殴られたけど
遊んでもらっていた若い頃の親父
僕は駆け寄って その背中にしがみついて叫んでいた
「お父さん!ごめんなさい! ごめんなさい!」
親父はちょっとだけコチラを振り向いて笑った
顔ははっきり見えなかったけど
『しょうがねぇなぁ(笑)』みたいな顔してたと思う
いまでも鮮明に覚えている夢
昔、神経科の先生に「人は自分を癒すために夢を見る」
と教えられたことがある
夢ってすぐ忘れるだろ
きっとその忘れるって作用を使って、過去と決別をしたいのかもしれない
でもいまだに忘れられないんじゃ意味ないわな(笑)
はたして親父は僕を許してくれたのだろうか
僕が僕を許そうとしているのか
それとも逆に自分を許せない気持ちからなのだろうか
桜が満開の季節になると そんな疑問がおこります