天皇陛下退位の日を迎え、天皇皇后両陛下がいつも心にあったように思います。

田舎で育ちましたが、母方の祖父母が天皇家に親しみを持っており、家には両陛下の肖像画がそれぞれ掛けてあったり、自分達の写真はないのに天皇家の家族写真や式典の様子の写真が飾ってありました。


お正月を過ぎた頃、東京から叔父が帰ってくると、再び親族が集まって何やら楽しそうに天皇家の話題を小さなコタツを囲んで話している光景がありました。


子供の頃はそれが理解できずに、時々、街では街宣車を見かけていたので、うちの母方はひょっとして過激な活動をしている人たちなんだろうか?と大人になるまで怪しんでいました。


それでも祖父母は穏やかで、叔父を囲んで話す様子も和気あいあいとしていて、そのギャップがわかりませんでした。


叔父は東京で警察官をしていると聞いていたのですが大人になってから、皇太子徳仁親王の幼少期の皇宮護衛官をしていたと知りました。


叔父は天皇陛下と背丈や顔立ちがよく似ていて、幼いころの皇太子さまは叔父を見ると「おもうさま、おもうさま」とこちらにいらしてしまうと微笑んで話していました。


叔父にとって祖父母宅は実家ではないのですが、昔はよくあったことだと思いますが、親代わりで「東京で警察官に」と勧めたのも祖父母だったようで思いも深かったのでしょう。


平成時代の天皇皇后両陛下は日本、海外への慰霊、被災地へのお見舞、祈りのお姿が心にあります。

どれも心に残っていますが、特にサイパンのバンザイ・クリフの慰霊の後ろ姿は、思い出すたびに涙が溢れてきて、共に祈る思いになります。

震災で各地の被災者の方々に膝をつきながら励ましのお言葉をかけられ、また国民に対してもいつも祈ってくださったことに感謝が絶えません。


こうして書いていても涙が溢れてきますが、天皇陛下皇后陛下が平成で築いてくださったことを、次の時代の令和に心を寄せていきたいと思います。


令和、きれいな響きですね。


平成で培ってきたことが、次は統合の時代に入るのではないかと思っています。


日本、日本人の役割がこれから始まるような気がしています。


天皇陛下、皇后陛下、平成時代を守ってくださいましてありがとうございました。