「ふ~ん。田中さんて見かけによらず、こだわりを持ってる人なのね。うちの人とは正反対だわ。」
 
ここ最近、母は酔うと父を皮肉る事が増えてきている。
さて、夫婦仲は大丈夫なのか…。 まあ、少々気になるところではある。
 
「僕は、係長のような人間が好きです。変なこだわりを持っている上司は、話していて疲れます。 僕みたいな頑固は1人で充分でしょ。」
 彼は乾いた笑顔で父を見た。
 
「まあ、まるっきり素直だとは言いにくいが、しかし部下としては頼もしいよ。」
 
親が息子に見せる目をしている。田中さんと拓海を重ね合わせているのだろうか。
父の優しい眼差しは、その場の空気を少しだけ緩いものにした。
 
「さあ、お風呂に入ってきたら? 続きは、その後で…。」
母の一声で、この飲み会は一旦終わりを告げた。
 
母は彼の為の新しい下着やらパジャマやらの用意にとりかかった。
父は一先ずブランデーを、いつものガラス棚に直しにかかる。
田中さんは母に促されお風呂場へと向かった。
 
 それぞれの持ち場へと三人が移動する中、私だけはその場に残り白ワインに手を伸ばした。
私は田中さんともう少し話がしたくて、彼がお風呂から上がるのを待つつもりでいる。
あと半分しか残っていないワインのコルクを開け、頭の中で妄想を働かせる。
 
この後彼と、どんな話をしようか。 彼から何を聞き出そうか…。
 
時には、『恋には駆け引きが必要だ』と誰かが言っていた。
不器用な恋愛しかできない自分に『駆け引き』など可能であろうか。
実は田中さんの恋愛経験が、今の私の一番知りたいところ。
 
気になる人の過去というのは、やはり気になるものだ。
 
酔って眠くなった目を擦りながらリビングの掛け時計を見ると、7時過ぎを指していた。
まだ幼児でも起きている時間だというのに眠気に勝てず、思わずテーブルに顔を伏せる。
 
「眠いんなら自分の部屋で寝なさい。今日は一日寝てるじゃないの。そんなんだから、いつまでたっても・・・」
 
ふわっとした心地良さが私を襲うが、母の小言で台なしになりかけた。
が… その時、またも私の自律神経が反応し始めたのだ。
しかし不思議な事に聞こえてきたのは、いつもの中森明菜の曲ではない。
 
これは…、 確か 『ひだまりの詩』。
Le Couple?
 
何と、頭の中の曲が変わってしまった。
 
今、私の心の中を『ひだまり』にしてくれているのは… 父でも母でもない。
突然うちにやって来て、まるでサンタクロースの如く私にプレゼントしてくれた彼。
そう、荒みかけていた私の心に、そっと『ひだまり』 を与えてくれたのだ。
 
固くて、きっと誰が触っても溶ける事がなかった心。
 
しかし今、田中幸輔によって徐々に私は変わりつつある。
それまでとは違う 『私』。
 
いや、実はこれが本来の自分の姿なのかもしれない。
 
素直になるとは、何と気分の良いことだろう。
そんな開放感に浸りながら、私の意識は曲の途中で薄らいでいった。
 
                ~次回へ続く~